マスコミに常識なんて持ち合わせていないと思う。
media
「本欄にも「正論」などという、私が思うに気恥ずかしい題がつく。」
最後の段落こそがこの文章の眼目だろう。マスコミが横柄な態度を取っている、当たり前だが本当の理由がそこにある。
『、「阿川は困ったものだ。我々がなにか言うと、書いちゃうから」と文句を言う特派員がいたそうだ。そう、マスコミで大っぴらに批判を受けるのは、だれしもつらい。』マスコミの取材を受けるのは利用するときだけ
賛同する人の中には、メディア同士を比較して伝えるのが遅かったところを「使えない」と思う人もたぶんいるんだろうな。対象の種類にもよるか。
「本欄にも「正論」などという、私が思うに気恥ずかしい題がつく。」/他分野にまたがる「常識」なんて存在するのだろうか
「言論活動に携わる者は自分の常識を疑ってかからねばいけない。」…言論活動かは分からないけど、考えていきます。
ごもっともであります
よーゆーた。阿川弘之の息子、阿川佐和子の兄。
←あえて付けてみる
阿川弘之さんのご子息で阿川佐和子さんのお兄さま、だっけ。さすが。
自分の属する世界の常識が外部にも通じるとは限らない。
本来マスコミの役割は、世の中の常識に照らして疑問を覚えるような事象につき、正確な情報を伝え読者や視聴者の判断に資すること
まさに正論、ですね
いやもう、テレビも新聞もほとんど見てないから、何もしなくていいですよ。
「自分の常識を疑ってかからねばいけない。そう自戒する。」
“石井さんは自分の死を1カ月間公表しないでくれ。そう固く言い残して亡くなったそうだ。”そうだったのか・・・・・・。/“当事者が書かれたくない不都合な事実を報じるからこそマスコミは恐れられ尊敬される。”
記事の内容でなく産経とか阿川さんに反応する人が多くて驚いた
民放の場合,誰がお客かを考えたらすぐわかる話だと思うが…。雑誌や新聞もどういうビジネスモデルかを考えたらわかる。
古館の稚拙さって、有識者の間でどのくらいの共通文脈なんだろうね。
ぜんっぜん関係ないけど昔はマンガの編集者も「××記者」って言ってたよね。
媒体は違うが取材する側にいた身からすると、この種のことに一々気を使っていると仕事でいらぬ手間をかけてしまうし、上司や同僚からの目も厳しくなるし、精神的にも参ってしまう。しかし親父に似てきたなw>風体
仕事なのもわかるけど、いくらなんでも非常識すぎだろ。突然のマスコミ取材とかにのぼせ上がる大衆も、非常識なマスコミを助長させる一因なんだろうな。
『「総理大臣に何か異変があって秘書官にかけるならともかく、101歳の児童文学者が亡くなったかどうか午前1時半に電話で確認せねばならない理由は何ですか」』あきれ返る。
>「横に座るジャーナリストは恥ずかしくないだろうか。」
ぶっちゃけ、ネット時代だもの。時間帯関係なく他人を振り回した結果をwebに載せれればそりゃ大手柄だよね。だから無茶するし、他人に無茶を強いるのは、「彼らに取っては」当然*以前*の問題なんだろうなぁ。
確かに正論。マスコミだけでなく、世間一般でもこういう考え大事よね。自分も反省。
《本欄にも「正論」などという、私が思うに気恥ずかしい題がつく》。プライベートのブクマが結構な数あるのはなんでだろう?
速報性を言うなら、新聞はネットやテレビに負ける。それでも人が新聞を買って読むのは、より正確で深い分析を求めるからだろう。本来マスコミの役割は、世の中の常識に照らして疑問を覚えるような事象につき、正確な
夜中に叩きおこすってひどいな。マスメディアは数が少ないせいか、マスメディア自体を叩けるメディアが無いのが問題なんだろな。ウェブがそれを変えてくれることを期待する
産経であれ、新聞にこのような記事が掲載されたことは意義深い。
今日の結論:安眠したい人、故人を穏やかに偲びたい人はマスコミに電話番号を教えるべからず
速く伝えなくても、価値の減じない情報もある。相手かまわず夜中にたたき起こし取材して、一刻も早く伝えねばならない情報がどれだけあるのか。//
メディア云々は今更どうでも良くて、国民が「情報を分析して、自分で考え、どの情報を信頼するか」と言うリテラシーを身につける事の方が重要だと思う。これまた出尽くした議論かもしれないが。
自分の意見を世論だと勘違いする.勘違いにふと気付ければ.と思ったが,気付いても,もう止まれないのかな.このコメントも世論だと勘違い.
某は好きだな俺は。あそこまで神経逆撫でしてくれるヤツってなかなかいないもん。
だってあの人の専門は深夜のプロレス実況なんだぜ?そんなことも知らないのは慶応だからだぜ?/しかし“正論”って。自分にないものを名前にしたくなるんだよね。政党とか。
多かれ少なかれ低きに流れる需要があるということも一因だろうけど、質の高いテレビ番組に対してもある程度需要があるはずで。もう少しあっても良いよなぁ。
学部長選をドロッドロの工作合戦にしたあの阿川さんが大学の非常識ねえ。
すごい切れ味。さすが。
正論
「知る権利」至上主義と過剰な競争心が、非常識を常識としているのだろか。イメージを気にする一般企業と比べて、マスコミの方が不祥事において反省に欠ける気がするのは、謝ったら負けかなと思っているんじゃ
ますごみいらない。 おまえらはただの祭好き
>ただ新聞は文章が残る分、ずいぶん細かく神経を使っている。テレビは垂れ流しだから、安易な正義感や陳腐なことばで息苦しいほどだ。 ニュースをまじめにやるテレビ局がほしいなぁ。
新聞は文章が残る分、ずいぶん細かく神経を使っている。テレビは垂れ流しだから、安易な正義感や陳腐なことばで息苦しいほどだ。
個人対個人じゃなくて集団の中の一人として会話する時って、個人として見られてるという意識に気を払わないから無粋な対応になりがち。マスコミに限らず。ネットイナゴとかもさ。一対一ならまともになれるのに
夜討ち朝駆けの記者たちがいる一方、「どこがスクープしたか」って意識している人はどれくらいいるんだろう。
これは免罪符か?
メディアは、他の企業を叩きまくってるくせに、自分を批判するものはメディアの力で握りつぶす。
教授のマスコミへの愛。
耳が痛いね。メディアに入社する難易度が下がり、おおよそ記者とは呼べない人がのうのうと「記者です」なんていっちゃっている現状からして末期
ひとくくりにはできないと思うけどね。結局それを求めている低レベルの一般大衆が悪いんだと思うし。でもその一般大衆もバカじゃない。変われる。メディアは彼らをよい方向へ変えるよう考えて行動してほしいよね
『本来の役割は世の中の常識に照らして疑問を覚える様な事象につき正確な情報を伝え読者や視聴者の判断に資する事にある/本当は何が起きているのか当事者にとって不都合な事実を報じるからこそ恐れられ尊敬される』
マスコミが難儀なのは、それを求めている人がいるせいですよ。どの程度求めているのかを勘違いしているマスコミが大半だと思うが。石井桃子さんの冥福を願うマスコミは皆無だったのだろうか…。嗚呼。
某の隣はもっと見るに堪えませんから!
> いいこという
新聞に外部委員の書いたマスコミ批判記事が載るのは実は珍しくない(ex:朝日の「報道と人権委員会」)。改善されないけど。自己批判力あっても自浄力が無いというオチ。記事は珍しく「正論」だと思います。
これは正論。抜いた抜かれたを長年やってきた業界はなかなか変わらないのだろうが…
「テレビのワイドショーやニュースで、無責任かつ根拠のないコメントをする。誤報を流しても簡単な訂正で済ませる。」「内容など気にせず、広告の効果のみを基準に番組を提供する企業の責任は重い。」…ごもっとも。
写真がかっこよすぎる。。
おっしゃるとおり
産経の自戒と朝日・毎日への牽制?
たしかに非常識な新聞はある。国立二小の日の丸問題で産経は土下座捏造事件を捏造し子どもたちの心を傷つけた→東弁の対産経要望書http://tinyurl.com/64sobv 真相と解説http://d.hatena.ne.jp/claw/20050402#p1
これはいい記事
自家撞着っぽいネタに思わず後で読む。タグを付けた
報道ステーションの某 「仮に非常識だとしても、何がいけないんですかねぇ?」
「非常識がうようよしている」。これffsre
人の迷惑も考えずに速報を求めるのはいかがなものか? 速報が大事とは限らない それでも人が新聞を買って読むのは、より正確で深い分析を求めるから
>某官営放送 あらまあ
テレビっていうのはそういうメディアだから。ジャーナリズムはないのよ。
なんと心地よい正論。そもそも新聞の特ダネ争いなんて誰も興味ないってことに早く気づけよ!新聞は速さよりも深さとわかりやすさと己の正義を大切にすべし。
深夜一時に大して仲良くもない人に電話されたらほとんどの人は迷惑だということだ。
新聞にまともなこと書くとそれ自体がニュースになると。
私には産経の編集がどこまで入っているのか判断できないです。
まあ。そういう業界ですので。
『「総理大臣に何か異変があって秘書官にかけるならともかく、101歳の児童文学者が亡くなったかどうか午前1時半に電話で確認せねばならない理由は何ですか」と尋ねた。記者はうまく答えられなかった』
その熱心さを一般市民にではなく、国家権力に向けて欲しいものである。そうしたら、警察や検察情報の垂れ流しに堕することもないだろうし。
産経がこれを載せる意味は?自戒?
新聞でこういう主張が載るのは興味深い。
妹がTVタックルのレギュラーなことはどう思ってるんだろう
このぐらいの長さの文章を3ページぐらいに分割するのが、MSN産経の「常識」。1ページで掲載したのは空気を読んだか?
本欄にも「正論」などという、私が思うに気恥ずかしい題がつく。
「≪基本知識にも欠ける≫」。/そういえば、昔東大の記者会見に来てた新聞記者は、センター試験と二次試験の区別がついてない記事をネットに配信してたなあ。確か首都圏では夕刊出してない会社の記者だった。
こういう事を気にしていたら出世できないんだろうなあ、テレビ業界って。
あがわさんだ
産経キター
国民はそのレベルにあったマスメディアしか持てない…のか。http://jp.youtube.com/watch?v=CvKnktPJ_jw。訃報や災害や殺人の記事の見出しをせっせとクリックしてる出歯亀野郎も同罪だm9。そのクリックはカウントされてるんだぜ
速いだけが価値じゃないってのは本来あるべき報道の在り方をよくあらわしている。でもマスゴミはふた言目には大衆が速く知ることを望んでいてそれに応えているだけと正当化するんだろうなぁ。
報道ステーションの古館はお涙頂戴トークばかり。その無知ぶり、アホさは尋常ではない。そもそもバラエティ番組なんだろうが、報道という真っ当ぶった名前は誤解を招くので外して欲しいもの。
マスコミはKYなんだな。そして、それを「視聴者のため」、「言論の自由だ」などの勝手な理由で正当化しているように見える。
サンケイはこれをのっけたことを免罪符とすることなきよう精進してくれよ。
「政府や企業に「猛省」を促し、役人や企業人の堕落を「慨嘆」する報道ステーションの某など、基本的知識の欠如、大仰な言葉や身振りばかり目立ち見るに堪えない。横に座るジャーナリストは恥ずかしくないだろうか」
「報道ステーションの某」でちょっと驚いた。そのとおりなんだけどね/スポンサーが質に応じて番組を選択するようにするにはどうしたらいいだろう。マスコミは公然と「視聴者がいるのだから我々は正しい」といってる
「マスコミはそうした非常識を衝くのを商売にしていながら、自らの非常識を問われることが少ない」
ジャーナリズムのあるべき姿について
あらら、いつのまにかsfcの学部長に…
異メディア間でのチェック体制が必要なんだろうな。チェックした上でマスに情報を流せるという点では新聞>ネットな気がする。今のとこネットはチェックはしてもそれが何かに反映されることは少ない。
http://b.hatena.ne.jp/entry/http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%98%BF%E5%B7%9D%E5%B0%9A%E4%B9%8B
後半の、新聞を横に置いた上でのテレビ批判が惜しい。発端が新聞記者による取材なんだから、そこは新聞についても触れてもらいたかった。
TVも新聞も、ジャーナリズム以外の部分でまで言論・表現の自由があると思ってるもんな。公人と私人も区別しないし。▼広告主だけでなく客(視聴者含む)も甘いから、結果こうなる気も。自分が清廉とは言わぬが
"それでもお粗末なワイドショーやニュース番組が跋扈(ばっこ)するのは、視聴率さえ高ければスポンサーが大金を払うからだ。内容など気にせず、広告の効果のみを基準に番組を提供する企業の責任は重い。"
これは正論だけど、学者の非常識もたいがいなんでなんとも。
佐和子嬢の兄貴?
阿川さんいいね。
午前1時半に一般人に電話て・・・学生同士とかならともかく・・・
"報道ステーションの某"なんて言い方が常識あると言えるのか?
「マスコミはそうした非常識を衝くのを商売にしていながら、自らの非常識を問われることが少ない。」 いつの時代でも誰かが同じことを言っており改善の兆しも特に感じないので見飽きた話題ではあります。
久々に「正論」で正論を読んだ気がする>ただ、マスコミはそうした非常識を衝くのを商売にしていながら、自らの非常識を問われることが少ない
阿川さんかっこいい
マスコミ以外のログは非常識に当たらないのか。
「ただ新聞は文章が残る分、ずいぶん細かく神経を使っている。」産経が?w
自民党右派広報誌の産経に言われてもなぁ…
で、産経はどうなの?
一見正論なのだろうが『所詮目糞鼻糞』と思ってしまうのは心が穢れてるせいですかそうですか。
>某官営放送 って某を付ける意味がないw
まさに正論
「ただ新聞は文章が残る分、ずいぶん細かく神経を使っている。テレビは垂れ流しだから、安易な正義感や陳腐なことばで息苦しいほどだ。」
やっぱりマスコミって非常識な人多いみたいだなあ。この記事見て同じような不愉快な経験している人いて納得した。
マスコミは発言力が強い分より自己批判が求められるが、結局はどの業界にとっても他人事でない話。
『マスコミはそうした非常識を衝くのを商売にしていながら、自らの非常識を問われることが少ない。』ほんとにね。
さすがは阿川尚之と言わざるを得ない。
"本来マスコミの役割は、世の中の常識に照らして疑問を覚えるような事象につき、正確な情報を伝え読者や視聴者の判断に資することにある。"
阿川先生は相変わらず説得力のある文章を書く
昔、知人が仕事について朝に始まる全国紙の取材を受けて、記事に書かれたらニュアンスがその記者さんの恣意的な論に捻じ曲げられていて、抗議したけれど謝罪されなかったことがあった。取材の意味ないじゃないか。
破壊力あるなぁ……
こうしたメディア批判が載るだけ産経新聞は益しにに見えてしまうほど、他のメディアは反省がない
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はてブで「これはひどい」タグを付けると投票としてカウントされ、コメントを書き込むとコメントとして反映されます。はてな認証APIによる投票にも対応しています。
コメント
マスコミに常識なんて持ち合わせていないと思う。
media
「本欄にも「正論」などという、私が思うに気恥ずかしい題がつく。」
最後の段落こそがこの文章の眼目だろう。マスコミが横柄な態度を取っている、当たり前だが本当の理由がそこにある。
『、「阿川は困ったものだ。我々がなにか言うと、書いちゃうから」と文句を言う特派員がいたそうだ。そう、マスコミで大っぴらに批判を受けるのは、だれしもつらい。』マスコミの取材を受けるのは利用するときだけ
賛同する人の中には、メディア同士を比較して伝えるのが遅かったところを「使えない」と思う人もたぶんいるんだろうな。対象の種類にもよるか。
「本欄にも「正論」などという、私が思うに気恥ずかしい題がつく。」/他分野にまたがる「常識」なんて存在するのだろうか
「言論活動に携わる者は自分の常識を疑ってかからねばいけない。」…言論活動かは分からないけど、考えていきます。
ごもっともであります
よーゆーた。阿川弘之の息子、阿川佐和子の兄。
←あえて付けてみる
阿川弘之さんのご子息で阿川佐和子さんのお兄さま、だっけ。さすが。
自分の属する世界の常識が外部にも通じるとは限らない。
本来マスコミの役割は、世の中の常識に照らして疑問を覚えるような事象につき、正確な情報を伝え読者や視聴者の判断に資すること
まさに正論、ですね
いやもう、テレビも新聞もほとんど見てないから、何もしなくていいですよ。
「自分の常識を疑ってかからねばいけない。そう自戒する。」
“石井さんは自分の死を1カ月間公表しないでくれ。そう固く言い残して亡くなったそうだ。”そうだったのか・・・・・・。/“当事者が書かれたくない不都合な事実を報じるからこそマスコミは恐れられ尊敬される。”
記事の内容でなく産経とか阿川さんに反応する人が多くて驚いた
民放の場合,誰がお客かを考えたらすぐわかる話だと思うが…。雑誌や新聞もどういうビジネスモデルかを考えたらわかる。
古館の稚拙さって、有識者の間でどのくらいの共通文脈なんだろうね。
ぜんっぜん関係ないけど昔はマンガの編集者も「××記者」って言ってたよね。
媒体は違うが取材する側にいた身からすると、この種のことに一々気を使っていると仕事でいらぬ手間をかけてしまうし、上司や同僚からの目も厳しくなるし、精神的にも参ってしまう。しかし親父に似てきたなw>風体
仕事なのもわかるけど、いくらなんでも非常識すぎだろ。突然のマスコミ取材とかにのぼせ上がる大衆も、非常識なマスコミを助長させる一因なんだろうな。
『「総理大臣に何か異変があって秘書官にかけるならともかく、101歳の児童文学者が亡くなったかどうか午前1時半に電話で確認せねばならない理由は何ですか」』あきれ返る。
>「横に座るジャーナリストは恥ずかしくないだろうか。」
ぶっちゃけ、ネット時代だもの。時間帯関係なく他人を振り回した結果をwebに載せれればそりゃ大手柄だよね。だから無茶するし、他人に無茶を強いるのは、「彼らに取っては」当然*以前*の問題なんだろうなぁ。
確かに正論。マスコミだけでなく、世間一般でもこういう考え大事よね。自分も反省。
《本欄にも「正論」などという、私が思うに気恥ずかしい題がつく》。プライベートのブクマが結構な数あるのはなんでだろう?
速報性を言うなら、新聞はネットやテレビに負ける。それでも人が新聞を買って読むのは、より正確で深い分析を求めるからだろう。本来マスコミの役割は、世の中の常識に照らして疑問を覚えるような事象につき、正確な
夜中に叩きおこすってひどいな。マスメディアは数が少ないせいか、マスメディア自体を叩けるメディアが無いのが問題なんだろな。ウェブがそれを変えてくれることを期待する
産経であれ、新聞にこのような記事が掲載されたことは意義深い。
今日の結論:安眠したい人、故人を穏やかに偲びたい人はマスコミに電話番号を教えるべからず
速く伝えなくても、価値の減じない情報もある。相手かまわず夜中にたたき起こし取材して、一刻も早く伝えねばならない情報がどれだけあるのか。//
メディア云々は今更どうでも良くて、国民が「情報を分析して、自分で考え、どの情報を信頼するか」と言うリテラシーを身につける事の方が重要だと思う。これまた出尽くした議論かもしれないが。
自分の意見を世論だと勘違いする.勘違いにふと気付ければ.と思ったが,気付いても,もう止まれないのかな.このコメントも世論だと勘違い.
某は好きだな俺は。あそこまで神経逆撫でしてくれるヤツってなかなかいないもん。
だってあの人の専門は深夜のプロレス実況なんだぜ?そんなことも知らないのは慶応だからだぜ?/しかし“正論”って。自分にないものを名前にしたくなるんだよね。政党とか。
多かれ少なかれ低きに流れる需要があるということも一因だろうけど、質の高いテレビ番組に対してもある程度需要があるはずで。もう少しあっても良いよなぁ。
学部長選をドロッドロの工作合戦にしたあの阿川さんが大学の非常識ねえ。
すごい切れ味。さすが。
正論
「知る権利」至上主義と過剰な競争心が、非常識を常識としているのだろか。イメージを気にする一般企業と比べて、マスコミの方が不祥事において反省に欠ける気がするのは、謝ったら負けかなと思っているんじゃ
ますごみいらない。 おまえらはただの祭好き
>ただ新聞は文章が残る分、ずいぶん細かく神経を使っている。テレビは垂れ流しだから、安易な正義感や陳腐なことばで息苦しいほどだ。 ニュースをまじめにやるテレビ局がほしいなぁ。
新聞は文章が残る分、ずいぶん細かく神経を使っている。テレビは垂れ流しだから、安易な正義感や陳腐なことばで息苦しいほどだ。
個人対個人じゃなくて集団の中の一人として会話する時って、個人として見られてるという意識に気を払わないから無粋な対応になりがち。マスコミに限らず。ネットイナゴとかもさ。一対一ならまともになれるのに
夜討ち朝駆けの記者たちがいる一方、「どこがスクープしたか」って意識している人はどれくらいいるんだろう。
これは免罪符か?
メディアは、他の企業を叩きまくってるくせに、自分を批判するものはメディアの力で握りつぶす。
教授のマスコミへの愛。
耳が痛いね。メディアに入社する難易度が下がり、おおよそ記者とは呼べない人がのうのうと「記者です」なんていっちゃっている現状からして末期
ひとくくりにはできないと思うけどね。結局それを求めている低レベルの一般大衆が悪いんだと思うし。でもその一般大衆もバカじゃない。変われる。メディアは彼らをよい方向へ変えるよう考えて行動してほしいよね
『本来の役割は世の中の常識に照らして疑問を覚える様な事象につき正確な情報を伝え読者や視聴者の判断に資する事にある/本当は何が起きているのか当事者にとって不都合な事実を報じるからこそ恐れられ尊敬される』
マスコミが難儀なのは、それを求めている人がいるせいですよ。どの程度求めているのかを勘違いしているマスコミが大半だと思うが。石井桃子さんの冥福を願うマスコミは皆無だったのだろうか…。嗚呼。
某の隣はもっと見るに堪えませんから!
> いいこという
新聞に外部委員の書いたマスコミ批判記事が載るのは実は珍しくない(ex:朝日の「報道と人権委員会」)。改善されないけど。自己批判力あっても自浄力が無いというオチ。記事は珍しく「正論」だと思います。
これは正論。抜いた抜かれたを長年やってきた業界はなかなか変わらないのだろうが…
「テレビのワイドショーやニュースで、無責任かつ根拠のないコメントをする。誤報を流しても簡単な訂正で済ませる。」「内容など気にせず、広告の効果のみを基準に番組を提供する企業の責任は重い。」…ごもっとも。
写真がかっこよすぎる。。
おっしゃるとおり
産経の自戒と朝日・毎日への牽制?
たしかに非常識な新聞はある。国立二小の日の丸問題で産経は土下座捏造事件を捏造し子どもたちの心を傷つけた→東弁の対産経要望書http://tinyurl.com/64sobv 真相と解説http://d.hatena.ne.jp/claw/20050402#p1
これはいい記事
自家撞着っぽいネタに思わず後で読む。タグを付けた
報道ステーションの某 「仮に非常識だとしても、何がいけないんですかねぇ?」
「非常識がうようよしている」。これffsre
人の迷惑も考えずに速報を求めるのはいかがなものか? 速報が大事とは限らない それでも人が新聞を買って読むのは、より正確で深い分析を求めるから
>某官営放送 あらまあ
テレビっていうのはそういうメディアだから。ジャーナリズムはないのよ。
なんと心地よい正論。そもそも新聞の特ダネ争いなんて誰も興味ないってことに早く気づけよ!新聞は速さよりも深さとわかりやすさと己の正義を大切にすべし。
深夜一時に大して仲良くもない人に電話されたらほとんどの人は迷惑だということだ。
新聞にまともなこと書くとそれ自体がニュースになると。
私には産経の編集がどこまで入っているのか判断できないです。
まあ。そういう業界ですので。
『「総理大臣に何か異変があって秘書官にかけるならともかく、101歳の児童文学者が亡くなったかどうか午前1時半に電話で確認せねばならない理由は何ですか」と尋ねた。記者はうまく答えられなかった』
その熱心さを一般市民にではなく、国家権力に向けて欲しいものである。そうしたら、警察や検察情報の垂れ流しに堕することもないだろうし。
産経がこれを載せる意味は?自戒?
新聞でこういう主張が載るのは興味深い。
妹がTVタックルのレギュラーなことはどう思ってるんだろう
このぐらいの長さの文章を3ページぐらいに分割するのが、MSN産経の「常識」。1ページで掲載したのは空気を読んだか?
本欄にも「正論」などという、私が思うに気恥ずかしい題がつく。
「≪基本知識にも欠ける≫」。/そういえば、昔東大の記者会見に来てた新聞記者は、センター試験と二次試験の区別がついてない記事をネットに配信してたなあ。確か首都圏では夕刊出してない会社の記者だった。
こういう事を気にしていたら出世できないんだろうなあ、テレビ業界って。
あがわさんだ
産経キター
国民はそのレベルにあったマスメディアしか持てない…のか。http://jp.youtube.com/watch?v=CvKnktPJ_jw。訃報や災害や殺人の記事の見出しをせっせとクリックしてる出歯亀野郎も同罪だm9。そのクリックはカウントされてるんだぜ
速いだけが価値じゃないってのは本来あるべき報道の在り方をよくあらわしている。でもマスゴミはふた言目には大衆が速く知ることを望んでいてそれに応えているだけと正当化するんだろうなぁ。
報道ステーションの古館はお涙頂戴トークばかり。その無知ぶり、アホさは尋常ではない。そもそもバラエティ番組なんだろうが、報道という真っ当ぶった名前は誤解を招くので外して欲しいもの。
マスコミはKYなんだな。そして、それを「視聴者のため」、「言論の自由だ」などの勝手な理由で正当化しているように見える。
サンケイはこれをのっけたことを免罪符とすることなきよう精進してくれよ。
「政府や企業に「猛省」を促し、役人や企業人の堕落を「慨嘆」する報道ステーションの某など、基本的知識の欠如、大仰な言葉や身振りばかり目立ち見るに堪えない。横に座るジャーナリストは恥ずかしくないだろうか」
「報道ステーションの某」でちょっと驚いた。そのとおりなんだけどね/スポンサーが質に応じて番組を選択するようにするにはどうしたらいいだろう。マスコミは公然と「視聴者がいるのだから我々は正しい」といってる
「マスコミはそうした非常識を衝くのを商売にしていながら、自らの非常識を問われることが少ない」
ジャーナリズムのあるべき姿について
あらら、いつのまにかsfcの学部長に…
異メディア間でのチェック体制が必要なんだろうな。チェックした上でマスに情報を流せるという点では新聞>ネットな気がする。今のとこネットはチェックはしてもそれが何かに反映されることは少ない。
http://b.hatena.ne.jp/entry/http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%98%BF%E5%B7%9D%E5%B0%9A%E4%B9%8B
後半の、新聞を横に置いた上でのテレビ批判が惜しい。発端が新聞記者による取材なんだから、そこは新聞についても触れてもらいたかった。
TVも新聞も、ジャーナリズム以外の部分でまで言論・表現の自由があると思ってるもんな。公人と私人も区別しないし。▼広告主だけでなく客(視聴者含む)も甘いから、結果こうなる気も。自分が清廉とは言わぬが
"それでもお粗末なワイドショーやニュース番組が跋扈(ばっこ)するのは、視聴率さえ高ければスポンサーが大金を払うからだ。内容など気にせず、広告の効果のみを基準に番組を提供する企業の責任は重い。"
これは正論だけど、学者の非常識もたいがいなんでなんとも。
佐和子嬢の兄貴?
阿川さんいいね。
午前1時半に一般人に電話て・・・学生同士とかならともかく・・・
"報道ステーションの某"なんて言い方が常識あると言えるのか?
「マスコミはそうした非常識を衝くのを商売にしていながら、自らの非常識を問われることが少ない。」 いつの時代でも誰かが同じことを言っており改善の兆しも特に感じないので見飽きた話題ではあります。
久々に「正論」で正論を読んだ気がする>ただ、マスコミはそうした非常識を衝くのを商売にしていながら、自らの非常識を問われることが少ない
阿川さんかっこいい
マスコミ以外のログは非常識に当たらないのか。
「ただ新聞は文章が残る分、ずいぶん細かく神経を使っている。」産経が?w
自民党右派広報誌の産経に言われてもなぁ…
で、産経はどうなの?
一見正論なのだろうが『所詮目糞鼻糞』と思ってしまうのは心が穢れてるせいですかそうですか。
>某官営放送 って某を付ける意味がないw
まさに正論
「ただ新聞は文章が残る分、ずいぶん細かく神経を使っている。テレビは垂れ流しだから、安易な正義感や陳腐なことばで息苦しいほどだ。」
やっぱりマスコミって非常識な人多いみたいだなあ。この記事見て同じような不愉快な経験している人いて納得した。
マスコミは発言力が強い分より自己批判が求められるが、結局はどの業界にとっても他人事でない話。
『マスコミはそうした非常識を衝くのを商売にしていながら、自らの非常識を問われることが少ない。』ほんとにね。
さすがは阿川尚之と言わざるを得ない。
まさに正論
"本来マスコミの役割は、世の中の常識に照らして疑問を覚えるような事象につき、正確な情報を伝え読者や視聴者の判断に資することにある。"
阿川先生は相変わらず説得力のある文章を書く
昔、知人が仕事について朝に始まる全国紙の取材を受けて、記事に書かれたらニュアンスがその記者さんの恣意的な論に捻じ曲げられていて、抗議したけれど謝罪されなかったことがあった。取材の意味ないじゃないか。
破壊力あるなぁ……
こうしたメディア批判が載るだけ産経新聞は益しにに見えてしまうほど、他のメディアは反省がない