そんな感情でも共有したいときはある
d.hatena.ne.jp/kaien/20080325/p1
書評
"面白い本を探している人にとって"「個人サイトで「つまらなかった」と書く必要はない。」
この記事の文脈よくわからんのだけど、必要ないのはそうだわな。で必要ないは書いたらダメを意味しないてのもその通り。読者に政治的配慮するなら兎も角、自分のためにブログやってんならがんがん書いた方がいいわな
悪いこと探すより、良いこと探したほうが楽しい
”ある意味で中立に近い意見を入手することができるといっていいでしょう”こういう見方があるなんてまったく予想してなかった。自分の中ではamazon≒オリコンくらいなので。
正直商業ベースでは載りにくい、言いづらいであろう「つまらなかった」、という意見がほしい。
>合理的である、とぼくは考えます。<合理的であればいいのか?/>一見の読者を常連の読者より優先するべき理由はないように思います。<ファンってのは、隠された面も知りたがるからこそファンで常連なんじゃ。
なんかえらい勢いで怒られているようだ。タイトルの「必要はない」という表現が強すぎたのかな。
「7万冊のなかから読むに値しない1冊を取り除く意味しかないわけですから。」
集団レビューって集団なのに内容が特定方向に偏ってないか?
そりゃ人それぞれじゃろ。僕は少なくとも、「あ~この人はつまらないと感じたんだな~」って感じ。一見でも常連でも同じ
「サイト読者のことを考えるなら、「つまらなかった」というだけの感想は必要ない」/ここは正論だと思う。でも後半の議論の部分はちょっと疑問。そこのせいでエントリ全体に変な印象がついてる。
そもそも感想サイトって管理人ための管理人による管理人の自己満足の塊なんだから、他人のことなんて微塵も考える必要なんてないよ!「つまらない」といおうが「面白い」といおうが勝手だけど、それの善悪まで論じる
俺的にはとても納得できる意見なんだけど、どうしてこれが「これはひどい」タグつけられちゃうんだろう。
7万人のブロガーたちが一冊ずつ「つまらなかった」本を挙げていくほうが合理的である、とぼくは考えます。
性善楽観な見方ですが「この作品惜しいな,,/皆の言ってる面白がわからない,,」って人ほど良く書いてるのでは、そういう方の謎に食ってかかる様自体は肯定したいな/エントリは表現の仕方の話ですが
<q>Amazonのような集団レビューサイトは、ある作品を購入するかどうか迷った際、非常に役に立ちます。個人レビューサイトの意見には、どうしても偏りが出る</q>|読者はサイト運営者の目を信頼するからこそ通うわけです
そんなことより早く加筆修正された乳首数を数えるべき!という話。たぶん。
必要はない、って言葉のニュアンスのせいで反発を生んでると思う。書くなら慎重にというありきたりなアドバイス。/「つまらなかった」という感想でも、それは検索のために役立つので、存在価値がちゃんとある。
何でこんな反発されてるのか分からなかったが、一般論としてこうすべきだと言ってるように取られてるのか。まあそう読めてしまうかな/id:kaienさんもGUNSLINGER GIRLとか香山リカの本とか批判した事はある
最初はつまらない本は「つまらない」と書いていたけど、書いていて自分でつまらくなったから止めた。そういう場合、むしろ、なんで自分はその本の目指す感性を受け入れられないのか....について語るよう努力している
金を出して買った物が「これはひどい」だったら容赦なく叩くけどなぁ。そもそも遠慮する理由が見あたらない。個人サイトならなおさら自分の意見を書くべきでは?「ひどい」という評価自体にも価値はある。
“集団レビューサイトでは、無数の意見が寄せられることによってその片寄りが相殺されるからです。ある意味で中立に近い意見を入手することができるといっていいでしょう。”ブコメはどうなんだろう、とふと思った。
まあ、そりゃ必要はないわな。つーか、つまんない本なんか面倒で言及する気にもならんと思うのだが。生真面目な人が多いんだなあ、と思った。
「~はつまらない」というのは「~がおもしろい」に比べて情報価値が低い、というお話。
本を読んだ後でその本の感想を検索する人間なので(そんなに珍しい行動でもないと思うけど)できれば「つまらなかった」とだけでも書いて頂きたい。
つまらないと書く時は“何が”つまらぬか分析し記すのが重要/理由を書けば作家にとっても次へのステップとなる/意味を含む批評は作者も読者もハッピーだと思う/ ところで、本当の駄作は話題にさえ登らない
>「多様な情報の提供」はAmazon等集団レビューサイトが優れている。個人レビューサイトの利点はサイト運営者の優れた「目」。数少ない傑作マスターピースを見つける努力を惜しまないことが、信頼に応えることに繋がる
ブクマでギリ収まんなかったのでついったーに書いた→http://twitter.com/nadegata/statuses/776712855 使い始めて始めて感じたついったーの有効活用。/記事も書いた。色んなところから総スカン食らっても文句言えないなぁ。
「役に立たないから」書く必要がないの? でも自分で「役立たずなものほどおもしろい。http://d.hatena.ne.jp/kaien/20080108/p1」 って一月に書いてるよ? ……この2ヶ月の間に一体何が?
「こッこの、どうしようもない、つまらなさ加減を、誰かッ、わかってくれ!」というような、やむにやまれぬ場合もあります(多分)。/つまんなかったときの方が自己分析が楽なんですよ…。
Amazonのレビューサイトは参考にならないし。 同じジャンルの読者だと同じ落し穴にはまる可能性がある。つまらんと書いてくれると避けられるので常連としてはうれしい。
ひねくれた考えではあるけれど、役に立たなくてもいいなら「つまらない」と書いても良いのでしょうか/「つまらない」とだけ書くならセンスがない。つまらない本ならせめて面白い書評を書こう。
ほぼ同意。すなわとちょっと意見が違うところと追加で言いたいことが。/とりあえず読み手としては鬱憤を晴らすのに付き合うよりも、楽しそうだと胸躍る方が嬉しいです。
あなたはブログで「つまらなかった」と書いてもいいし、書かなくてもいい
名前が売れてよかったですね。
「どういうふうにつまらない」かは結構有益な情報だと思うんですよね。7万点が全て並列に並んでいるわけではなく、興味がある本がいくつかある中で選ぶでしょうから。でも言われるとおり八つ当たりは止めた方が良い
(けなしてもほめても,そのレビュー自体がおもろければよい -> http://www2.plala.or.jp/vaio/L&M/LOGIC&MATRIX/diary/text_tachibana.htm こーゆーのとか
読んだ本は全部書くというスタンスの場合「つまらなかった」は書かざるを得ない。変に褒めてもおかしくなるし何より自分メモとして役に立たなくなる。個人サイト群でも検索で沢山探せばamazonレビューと変わらんよ
おいらは Sound Horizon が二期になってから何故糞つまらないものになってしまったのかを知っておきたい。その為にはまず自分がその理由と思われる主観を表明しないことには始まらないんだ。
折角目を通したのだったら、その人なりの視点からなんらかの評を残すのが公平かも。しなきゃいけない訳じゃないけど。偉い人になっちゃうと立場上出来ない事が見出せるなら充分価値は出る。切り口取り組み次第か。
僕はつまらない著作と出会った時には「この人の作品ならこっちの方が良い」とかいう事を書くようにする。あと、Amazonのレビューのほとんどは贔屓の引き倒しで役に立たないと思う。
「つまらない」と書かれている本が自分もつまらなく感じて、「面白い」と書かれている本が自分も面白く感じたら、その個人サイトと自分の相性が良いという判断基準になると思うんです。なので「つまらない」は必要で
何故そう思ったのかが書かれていれば良いと思う。いつも読んでいるからこそ、というのもあるのではないだろうか
「つまらなかった」としか書いてないのであれば不必要。きちんとした理由を示した上での「つまらなかった」なら参考になるので必要。これは「面白かった」場合でも同様。エントリの序盤と終盤でそこが違っている気が
amazonは偏りまくってると思うけど。書く人によるんじゃないのかな。私の場合、自分と似たような思考(嗜好)の人の「つまらない」という感想は非常に有益です。
つまらなければ紹介しないで欲しいと思う。個人サイトに求めてるのは、メタ情報ではないから。
人の感情なんてブレブレで訳分からないから、自分に似た趣味・感想の人を探す。それが自分にとっての書評サイト個人サイト
自分の場合、読後に引っかかりを整理するために後追いでレビュー漁る事が多いからなあ。大抵の場合、本を選んで貰おうと思って書評読んでる訳じゃないんですよ。もちろん本選びの参考が目的の読者も居るわけで使い分
性善説に基づくならw。そもそもそれじゃ批評になんないし。
こういう考えの人が多いのであれば、個人サイトの意見を集めて全体の評価を推定するにはバイアスがかかりすぎて価値のないデータになってしまうなあ
amazonレビューなんて発売前から批判するエスパーが集結する場所だからまったく参考になんないよ。
役立つかどうかが大事か?僕は管理人がつまらないと思う物をつまらないと書いてるサイトが読みたい。何がどうつまらないのか知りたい人も感想を共有したい人もいるだろう。少なくとも需要がないってのは間違ってる。
反対。個人の意見がどうこう、ではなく、広告が信頼されてないだけ。だから自家中毒をおこしてる、つまり「やっぱり宣伝だった・・騙された」という体験が、冷静に、他人の評価を判断する能力を失わせてるのである
文章で書くほどのモチベーションがあるということはその本や文章には「つまらない」以上の何かはあるもんですよ。書き手にとって一番恐ろしいのは読んでも何の感想も無く流されることですがな。
(追)「つまらなかった」という評価を見て本を買わないとすれば、評者の「面白かった」という評価が俺の感覚と一致している場合くらいかな。一閲覧者としては「面白かった」が多いほうが判断基準にしやすい
視野が狭いだろう。自分が読んだものを、他人がどんな感想を持ているかを知りたくなったりするよ。
常連にとっては「つまらない」という情報は不要ということか。マクロ的にはアリ、ミクロ的にはナシ。なるほど。
「つまらない」とだけ書いても信頼のおけるサイトとして認識されていれば影響力がある。信頼できるサイトになるにはつまらない理由を読者に伝わるように書き続ける事が必要。そうしないとつまらないサイトになる
ハナから「他人におススメする」ことを目的とした書評に何の価値があるのかわからない。そういう「安全性が全て」な読みは作品に失礼と思うが。コイツの書評してる本のレベルなら問題ないって話?
その人がその本をどう読んだかが重要なので、「なぜ」がはっきりしているなら「つまらなかった」って書くのも大事なのじゃないかなと思う
褒める「場所」として関心空間をお勧め。個人サイトについては、誰が何か書こうが勝手だと思うが、「読者数」と「読者層」が何かの縛りになるかもしれぬ。
書くか書かないかと言われれば「書いた方がいいんじゃねの」的な。所詮は感想を書くのが自分のコストに見合ってるかかもだけど。
世の中に本が沢山あるので、つまらないと書くよりも面白いと書いた方が有益だ、見極めるならamazonなどの集団レビューが有益というエントリ。同意です。個人サイトは良い情報を発信すればOKだと思います。
つまらないって思える程なら書く価値はある。ブログの読者は常日頃の感想に共感(ごくまれに反発)してるから読んでる。情報は受手側で処理するもんだ。理由が知りたきゃコメントで聞くさ。
「つまらなかった」でも「おもしろかった」でもその一言だけじゃ参考にならないし、どんな風につまらなかった/おもしろかったのか書いてあればどっちも参考になるよ。
半分同意ではある(つまらなさを言語化するのは難しいしね)でも書き手と自分の距離の判定基準として「つまらない」が明示されると助かる面もある。基本的にはディスは好きじゃないけど。
「意見が正しく、信頼できるものだったとしても、あまり役に立たないのでは/7万冊のなかから読むに値しない1冊を取り除く意味しかない」読者はその人(ブロガー)の率直な感想を知りたいのでは?
母数の設定がそもそも間違ってる。話にならん寝言ポエム。「こういう本が読みたい」と思った時点で、7万冊から10冊くらいの入手可能なレベルに限定されていると考えるのが普通。
「つまらなかった」こそ重要。アフィリエイト報酬目当てに本心でない高評価があふれる状況で本心からのネガティブな評価は有用。
総合的な考え方をすると合理的なのはわかる。悪い面を書くことも必要なときがあるのではないか。
『集団レビューサイトでは、無数の意見が寄せられることによってその片寄りが相殺される』甘い。大きくなるほど広告の影響を受ける。いずれにせよwebの集合知の中には対象の質に応じて賛否両論散らばるべきと信じる。
読み手としては腐す文は確かに面白いけれども、作り手には絶対いい影響を与えないだろう。以前話題になった編集者のブログのように。つまらなかった部分がなくなればいい作品が生まれるわけでもないだろうし
読者のためと言うなら、つまらない本がどのような要因でつまらないのかを明らかにすることは非常に有意義
キンチョールの大滝秀治みたいなレビューブログも面白そうだ。地雷警報は「そこを避けろ」ではなくて「慎重に進め」のサインと受け取ってるので、私には「つまらん」だけでも充分有用ではある。
読者がそこまでストレートに一書評の毀誉褒貶に影響を受けるか疑問。少なくとも自分はまず何よりも巧拙問わず色々な感想が読みたい。/この人がこう貶してるなら自分には当たりだろうって場合もあるしね。
書く人による。某氏がつまらないと評するなら、一つ読んでみようかという気にもなる。
そうじゃないのではと思うな。特に個人サイトの場合、書くことの労力を費やす価値があるかどうかがまず基準だと思う。僕がつまならい本の感想を滅多に書かない理由はそうだし、たまに書く理由も同様。
そのような集団レビューサイトにはない、個人レビューサイトの利点とは何か? それは、そのサイトの運営者の優れた「目」に尽きるでしょう。
『個人サイトで「つまらなかった」と書く必要はない』と書く必要はないと思う。すくなくとも「なぜつまらなかったか」を書いてあれば有用な情報となる。
「世の中、傑作と凡作を比べればやっぱり傑作のほうが少ないわけですから、その数少ないマスターピースを見つける努力を惜しまないことが、信頼に応えるとに繋がると思う」
個人のブログやサイトは自由に色んなこと書いてあるから面白い。書評でも褒めてあるレビューばかりだとうそ臭く見える。
amazonのレビューが偏ってないとは思えないよ。
批判記事が面白かったら逆に買ってしまうかもしれない。そしてやっぱり怒ると(笑)。取り上げる人が少ないことが良くないことの情報になるから,そういう意味では批判記事はなくても良いと思う。
世の中には「ほー、どれくらいつまらないのかなあ」と本に興味を持つ人間もいるのだ。クソゲー好きがいるように。意味がないことはないでしょ。
ブログは自己表現なので書く必要はないかもしれないけれど、書いても良いと思う。それを決めるのはあくまでブロガー自身。
同意できない。トンデモ本や駄目本でも、ツッコミを入れることで面白いレビューにしたてることもできるので、文章力があったり的確なツッコミができるならOK
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はてなブックマークの中から「これはひどい」エントリーを取り上げて、Digg風に表示したサイトです。より人の為になるこれはすごいバージョンもあります。
はてブで「これはひどい」タグを付けると投票としてカウントされ、コメントを書き込むとコメントとして反映されます。はてな認証APIによる投票にも対応しています。
コメント
そんな感情でも共有したいときはある
d.hatena.ne.jp/kaien/20080325/p1
書評
"面白い本を探している人にとって"「個人サイトで「つまらなかった」と書く必要はない。」
この記事の文脈よくわからんのだけど、必要ないのはそうだわな。で必要ないは書いたらダメを意味しないてのもその通り。読者に政治的配慮するなら兎も角、自分のためにブログやってんならがんがん書いた方がいいわな
悪いこと探すより、良いこと探したほうが楽しい
”ある意味で中立に近い意見を入手することができるといっていいでしょう”こういう見方があるなんてまったく予想してなかった。自分の中ではamazon≒オリコンくらいなので。
正直商業ベースでは載りにくい、言いづらいであろう「つまらなかった」、という意見がほしい。
>合理的である、とぼくは考えます。<合理的であればいいのか?/>一見の読者を常連の読者より優先するべき理由はないように思います。<ファンってのは、隠された面も知りたがるからこそファンで常連なんじゃ。
なんかえらい勢いで怒られているようだ。タイトルの「必要はない」という表現が強すぎたのかな。
「7万冊のなかから読むに値しない1冊を取り除く意味しかないわけですから。」
集団レビューって集団なのに内容が特定方向に偏ってないか?
そりゃ人それぞれじゃろ。僕は少なくとも、「あ~この人はつまらないと感じたんだな~」って感じ。一見でも常連でも同じ
「サイト読者のことを考えるなら、「つまらなかった」というだけの感想は必要ない」/ここは正論だと思う。でも後半の議論の部分はちょっと疑問。そこのせいでエントリ全体に変な印象がついてる。
そもそも感想サイトって管理人ための管理人による管理人の自己満足の塊なんだから、他人のことなんて微塵も考える必要なんてないよ!「つまらない」といおうが「面白い」といおうが勝手だけど、それの善悪まで論じる
俺的にはとても納得できる意見なんだけど、どうしてこれが「これはひどい」タグつけられちゃうんだろう。
7万人のブロガーたちが一冊ずつ「つまらなかった」本を挙げていくほうが合理的である、とぼくは考えます。
性善楽観な見方ですが「この作品惜しいな,,/皆の言ってる面白がわからない,,」って人ほど良く書いてるのでは、そういう方の謎に食ってかかる様自体は肯定したいな/エントリは表現の仕方の話ですが
<q>Amazonのような集団レビューサイトは、ある作品を購入するかどうか迷った際、非常に役に立ちます。個人レビューサイトの意見には、どうしても偏りが出る</q>|読者はサイト運営者の目を信頼するからこそ通うわけです
そんなことより早く加筆修正された乳首数を数えるべき!という話。たぶん。
必要はない、って言葉のニュアンスのせいで反発を生んでると思う。書くなら慎重にというありきたりなアドバイス。/「つまらなかった」という感想でも、それは検索のために役立つので、存在価値がちゃんとある。
何でこんな反発されてるのか分からなかったが、一般論としてこうすべきだと言ってるように取られてるのか。まあそう読めてしまうかな/id:kaienさんもGUNSLINGER GIRLとか香山リカの本とか批判した事はある
最初はつまらない本は「つまらない」と書いていたけど、書いていて自分でつまらくなったから止めた。そういう場合、むしろ、なんで自分はその本の目指す感性を受け入れられないのか....について語るよう努力している
金を出して買った物が「これはひどい」だったら容赦なく叩くけどなぁ。そもそも遠慮する理由が見あたらない。個人サイトならなおさら自分の意見を書くべきでは?「ひどい」という評価自体にも価値はある。
“集団レビューサイトでは、無数の意見が寄せられることによってその片寄りが相殺されるからです。ある意味で中立に近い意見を入手することができるといっていいでしょう。”ブコメはどうなんだろう、とふと思った。
まあ、そりゃ必要はないわな。つーか、つまんない本なんか面倒で言及する気にもならんと思うのだが。生真面目な人が多いんだなあ、と思った。
「~はつまらない」というのは「~がおもしろい」に比べて情報価値が低い、というお話。
本を読んだ後でその本の感想を検索する人間なので(そんなに珍しい行動でもないと思うけど)できれば「つまらなかった」とだけでも書いて頂きたい。
つまらないと書く時は“何が”つまらぬか分析し記すのが重要/理由を書けば作家にとっても次へのステップとなる/意味を含む批評は作者も読者もハッピーだと思う/ ところで、本当の駄作は話題にさえ登らない
>「多様な情報の提供」はAmazon等集団レビューサイトが優れている。個人レビューサイトの利点はサイト運営者の優れた「目」。数少ない傑作マスターピースを見つける努力を惜しまないことが、信頼に応えることに繋がる
ブクマでギリ収まんなかったのでついったーに書いた→http://twitter.com/nadegata/statuses/776712855 使い始めて始めて感じたついったーの有効活用。/記事も書いた。色んなところから総スカン食らっても文句言えないなぁ。
「役に立たないから」書く必要がないの? でも自分で「役立たずなものほどおもしろい。http://d.hatena.ne.jp/kaien/20080108/p1」 って一月に書いてるよ? ……この2ヶ月の間に一体何が?
「こッこの、どうしようもない、つまらなさ加減を、誰かッ、わかってくれ!」というような、やむにやまれぬ場合もあります(多分)。/つまんなかったときの方が自己分析が楽なんですよ…。
Amazonのレビューサイトは参考にならないし。 同じジャンルの読者だと同じ落し穴にはまる可能性がある。つまらんと書いてくれると避けられるので常連としてはうれしい。
ひねくれた考えではあるけれど、役に立たなくてもいいなら「つまらない」と書いても良いのでしょうか/「つまらない」とだけ書くならセンスがない。つまらない本ならせめて面白い書評を書こう。
ほぼ同意。すなわとちょっと意見が違うところと追加で言いたいことが。/とりあえず読み手としては鬱憤を晴らすのに付き合うよりも、楽しそうだと胸躍る方が嬉しいです。
あなたはブログで「つまらなかった」と書いてもいいし、書かなくてもいい
名前が売れてよかったですね。
「どういうふうにつまらない」かは結構有益な情報だと思うんですよね。7万点が全て並列に並んでいるわけではなく、興味がある本がいくつかある中で選ぶでしょうから。でも言われるとおり八つ当たりは止めた方が良い
(けなしてもほめても,そのレビュー自体がおもろければよい -> http://www2.plala.or.jp/vaio/L&M/LOGIC&MATRIX/diary/text_tachibana.htm こーゆーのとか
読んだ本は全部書くというスタンスの場合「つまらなかった」は書かざるを得ない。変に褒めてもおかしくなるし何より自分メモとして役に立たなくなる。個人サイト群でも検索で沢山探せばamazonレビューと変わらんよ
おいらは Sound Horizon が二期になってから何故糞つまらないものになってしまったのかを知っておきたい。その為にはまず自分がその理由と思われる主観を表明しないことには始まらないんだ。
折角目を通したのだったら、その人なりの視点からなんらかの評を残すのが公平かも。しなきゃいけない訳じゃないけど。偉い人になっちゃうと立場上出来ない事が見出せるなら充分価値は出る。切り口取り組み次第か。
僕はつまらない著作と出会った時には「この人の作品ならこっちの方が良い」とかいう事を書くようにする。あと、Amazonのレビューのほとんどは贔屓の引き倒しで役に立たないと思う。
「つまらない」と書かれている本が自分もつまらなく感じて、「面白い」と書かれている本が自分も面白く感じたら、その個人サイトと自分の相性が良いという判断基準になると思うんです。なので「つまらない」は必要で
何故そう思ったのかが書かれていれば良いと思う。いつも読んでいるからこそ、というのもあるのではないだろうか
「つまらなかった」としか書いてないのであれば不必要。きちんとした理由を示した上での「つまらなかった」なら参考になるので必要。これは「面白かった」場合でも同様。エントリの序盤と終盤でそこが違っている気が
amazonは偏りまくってると思うけど。書く人によるんじゃないのかな。私の場合、自分と似たような思考(嗜好)の人の「つまらない」という感想は非常に有益です。
つまらなければ紹介しないで欲しいと思う。個人サイトに求めてるのは、メタ情報ではないから。
人の感情なんてブレブレで訳分からないから、自分に似た趣味・感想の人を探す。それが自分にとっての書評サイト個人サイト
自分の場合、読後に引っかかりを整理するために後追いでレビュー漁る事が多いからなあ。大抵の場合、本を選んで貰おうと思って書評読んでる訳じゃないんですよ。もちろん本選びの参考が目的の読者も居るわけで使い分
性善説に基づくならw。そもそもそれじゃ批評になんないし。
こういう考えの人が多いのであれば、個人サイトの意見を集めて全体の評価を推定するにはバイアスがかかりすぎて価値のないデータになってしまうなあ
amazonレビューなんて発売前から批判するエスパーが集結する場所だからまったく参考になんないよ。
役立つかどうかが大事か?僕は管理人がつまらないと思う物をつまらないと書いてるサイトが読みたい。何がどうつまらないのか知りたい人も感想を共有したい人もいるだろう。少なくとも需要がないってのは間違ってる。
反対。個人の意見がどうこう、ではなく、広告が信頼されてないだけ。だから自家中毒をおこしてる、つまり「やっぱり宣伝だった・・騙された」という体験が、冷静に、他人の評価を判断する能力を失わせてるのである
文章で書くほどのモチベーションがあるということはその本や文章には「つまらない」以上の何かはあるもんですよ。書き手にとって一番恐ろしいのは読んでも何の感想も無く流されることですがな。
(追)「つまらなかった」という評価を見て本を買わないとすれば、評者の「面白かった」という評価が俺の感覚と一致している場合くらいかな。一閲覧者としては「面白かった」が多いほうが判断基準にしやすい
視野が狭いだろう。自分が読んだものを、他人がどんな感想を持ているかを知りたくなったりするよ。
常連にとっては「つまらない」という情報は不要ということか。マクロ的にはアリ、ミクロ的にはナシ。なるほど。
「つまらない」とだけ書いても信頼のおけるサイトとして認識されていれば影響力がある。信頼できるサイトになるにはつまらない理由を読者に伝わるように書き続ける事が必要。そうしないとつまらないサイトになる
ハナから「他人におススメする」ことを目的とした書評に何の価値があるのかわからない。そういう「安全性が全て」な読みは作品に失礼と思うが。コイツの書評してる本のレベルなら問題ないって話?
その人がその本をどう読んだかが重要なので、「なぜ」がはっきりしているなら「つまらなかった」って書くのも大事なのじゃないかなと思う
褒める「場所」として関心空間をお勧め。個人サイトについては、誰が何か書こうが勝手だと思うが、「読者数」と「読者層」が何かの縛りになるかもしれぬ。
書くか書かないかと言われれば「書いた方がいいんじゃねの」的な。所詮は感想を書くのが自分のコストに見合ってるかかもだけど。
世の中に本が沢山あるので、つまらないと書くよりも面白いと書いた方が有益だ、見極めるならamazonなどの集団レビューが有益というエントリ。同意です。個人サイトは良い情報を発信すればOKだと思います。
つまらないって思える程なら書く価値はある。ブログの読者は常日頃の感想に共感(ごくまれに反発)してるから読んでる。情報は受手側で処理するもんだ。理由が知りたきゃコメントで聞くさ。
「つまらなかった」でも「おもしろかった」でもその一言だけじゃ参考にならないし、どんな風につまらなかった/おもしろかったのか書いてあればどっちも参考になるよ。
半分同意ではある(つまらなさを言語化するのは難しいしね)でも書き手と自分の距離の判定基準として「つまらない」が明示されると助かる面もある。基本的にはディスは好きじゃないけど。
「意見が正しく、信頼できるものだったとしても、あまり役に立たないのでは/7万冊のなかから読むに値しない1冊を取り除く意味しかない」読者はその人(ブロガー)の率直な感想を知りたいのでは?
母数の設定がそもそも間違ってる。話にならん寝言ポエム。「こういう本が読みたい」と思った時点で、7万冊から10冊くらいの入手可能なレベルに限定されていると考えるのが普通。
「つまらなかった」こそ重要。アフィリエイト報酬目当てに本心でない高評価があふれる状況で本心からのネガティブな評価は有用。
総合的な考え方をすると合理的なのはわかる。悪い面を書くことも必要なときがあるのではないか。
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読み手としては腐す文は確かに面白いけれども、作り手には絶対いい影響を与えないだろう。以前話題になった編集者のブログのように。つまらなかった部分がなくなればいい作品が生まれるわけでもないだろうし
読者のためと言うなら、つまらない本がどのような要因でつまらないのかを明らかにすることは非常に有意義
キンチョールの大滝秀治みたいなレビューブログも面白そうだ。地雷警報は「そこを避けろ」ではなくて「慎重に進め」のサインと受け取ってるので、私には「つまらん」だけでも充分有用ではある。
読者がそこまでストレートに一書評の毀誉褒貶に影響を受けるか疑問。少なくとも自分はまず何よりも巧拙問わず色々な感想が読みたい。/この人がこう貶してるなら自分には当たりだろうって場合もあるしね。
書く人による。某氏がつまらないと評するなら、一つ読んでみようかという気にもなる。
そうじゃないのではと思うな。特に個人サイトの場合、書くことの労力を費やす価値があるかどうかがまず基準だと思う。僕がつまならい本の感想を滅多に書かない理由はそうだし、たまに書く理由も同様。
そのような集団レビューサイトにはない、個人レビューサイトの利点とは何か? それは、そのサイトの運営者の優れた「目」に尽きるでしょう。
『個人サイトで「つまらなかった」と書く必要はない』と書く必要はないと思う。すくなくとも「なぜつまらなかったか」を書いてあれば有用な情報となる。
「世の中、傑作と凡作を比べればやっぱり傑作のほうが少ないわけですから、その数少ないマスターピースを見つける努力を惜しまないことが、信頼に応えるとに繋がると思う」
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批判記事が面白かったら逆に買ってしまうかもしれない。そしてやっぱり怒ると(笑)。取り上げる人が少ないことが良くないことの情報になるから,そういう意味では批判記事はなくても良いと思う。
世の中には「ほー、どれくらいつまらないのかなあ」と本に興味を持つ人間もいるのだ。クソゲー好きがいるように。意味がないことはないでしょ。
ブログは自己表現なので書く必要はないかもしれないけれど、書いても良いと思う。それを決めるのはあくまでブロガー自身。
同意できない。トンデモ本や駄目本でも、ツッコミを入れることで面白いレビューにしたてることもできるので、文章力があったり的確なツッコミができるならOK