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Win-Win取引
興味深い
判るけど「全く何もしない人」がそれを言い訳にするんだよね。
えらい人だ。たいていの人は自己犠牲の快楽のために人助けをするのです。ま、わたしゃこの記事の対象外でしたが。自己犠牲って本当に気持ちが良くて、承認欲求が満たされるんだよ。
深い、とっても深い。そしてすばらしい。6割の人だよなぁ。そこがネットを見ないというのが問題。もう狩猟の時代ではないのだからそろそろ本能も変えてかないとね。
「チャイルドスポンサーシップ」とかなんかいやだなぁ 飼いならしてるみたいで 善・偽善 やったほうがいいのだろうけど でもその前に人間増加の抑制を図らないといたちごっこですね 無責任に子供なんて作るんじ
「自己犠牲などして、自分を減らして人助けをするよりも、自分の力を温存し、むしろどんどん膨張させながら人助けをした方が、はるかに多くの人を助けられるのです。」多産多死モデルは受けないよなー
お金の使い方。
自己犠牲じゃたいした数の人を幸せに出来ない。納得。
だから、「貧者の救済」と「利益の創出」の二つの効果を生み出すビジネス構造を組み立てれば、自己犠牲によって貧困者を救う場合の何百万倍もの数の人々を救うことが出来るわけです。
あなたは、なぜ、自分のお金を貧しい人々に分け与えないのですか? - 分裂勘違い君劇場 : 自分の体力を温存したまま、「生産性の高い人助け」をする
アフリカかどっかの極貧子沢山地域に食糧援助すると、その分人口が増えて何の改善にもならないというのを思い出した
昔から日本は滅私の思想が重んじられてるしなぁ。これからは、そーいう考え方も必要カモ。
「貧者の一灯」を全否定
自己犠牲ではなく「十分に自分に価値を蓄えれば、やがて自分の中から価値があふれ出し、他人に分け与えられずにはいられなくなる」ものである。ただしこれは3/1000人。つまり1つのモデル。
釣りの仕方を教えるに同意。自分の人生を振り返ってちと反省。
「カンボジアの貧しい農民からみれば、まるで貴族のような暮らしです。」これには同意。まあ慈善事業、ボランティアは強制するようなものじゃないから、やりたい人がやればいい。
そんな記事にオレがつられクマーー/~~~~ー`)ノ~~~==3
"そもそもビジネスモデルの基本はwin-win"
「自分の富をふやす過程」と「その富を他者に分け与える過程」の二つの過程で他者を助ける
同意。私もこんな感じだ。アフリカ方面にいくと「あいつらには俺が魚をやっているんだ」という連中がいるのがなぁ…。
blog 思うこと 書きたいこと
ちょっと論点を混ぜすぎで、プロパガンダ的文章としては弱いように思う。個々の哲学は同意が持てるが、金を与えない理由に結びつける部分で失敗しているように思う
「人助けにおいて重要なのは、自己犠牲なんかじゃなく、戦略と、ビジネスモデルと、効率と、生産性だ」
何か宗教臭い違和感を覚えるエントリーだ。
マザーテレサよりも経済成長が飢えと貧困と苦悩を駆逐する
成長神話
"上記の要因が、少しずつ重なり、複雑に絡み合った結果、魚の釣り方を教えてもらってもどうしょうもない状態の人"←他人のせい+ブラック企業+メンヘル+軽度の発達障害の俺は満貫だorz
自己犠牲などして、自分を減らして人助けをするよりも、自分の力を温存し、むしろどんどん膨張させながら人助けをした方が、はるかに多くの人を助けられる。
ネットでこんなにいい文章が読めるとは思ってもみなかった。いつも自分がぼんやり考えていたことを、これ以上ないほどクリアに文章化している。素晴らしい。
言ってることはよくわかるけど、よくわかるからなおさら、姥捨て山一歩手前だと思うが。
東南アジアの貧しい地域ってどこのこと指してるのかなと思いつつ(ちなみに何度か名前の出てくるネパールは普通は東南アジアの範疇じゃないよね)学校は建てることよりもその後の運営が大変なのです。ハードよりソフト
分裂君はあふぉです。まず経済原論の1ページ目を読みなさい。効率性と公平は別です。公平はモラルの問題ですから、それはロジックでは語れません。
ビジネスの多くが、こういう目標を持てなくて、疲弊した世代では魚を釣れない人が2割どころじゃなくなってね?って問題意識が氷河期→マッチョ論争の根底にある気がするんだけど…
視野が広い狭いに関わらず、精神的にも経済的にも自立してないと人なんて救えないね。
メビウスの輪の中にいるかのように感じてしまう面白い考え方だ
まずは、挑戦する1000人になることが大切だと感じた
ブログは自分が楽しんで書くべきだからいいんだけど、見てるほうの無責任な野次を言えば、もう論点すり替えメソッドは飽きた
こんなことを思ってた時期が私にもありました。世の中には相対的貧困と絶対的貧困を切り分けて考えられない人が多いようです。この話にさっさと賛同した人は話が摩り替わってることに早く気づいてください。
分け与えたら幸せになる? それは間違えてる。 分け与えれば逆にこちらが不幸になる。お金ならまだいいが技術ではさらにひどい不幸がおとづれる 長期的に見て。
life
ちょうど今日オレも「貧民救済はトリアージと同じだな」と思っていた所.救急隊は「まず手近な所から助ける」は間違い.「まず被害者の総数と重症度を把握する」,助けるのはその次.
知り合いの長髪が貧困に苦しむ男に100万円を渡すと初音ミクのコスプレをしてしまうのだ、というようなことを言っていた。
でー、肝心の金が有限なわけですが。
ただのいい人では誰一人助けられないということ。
「ここは極論を楽しむ劇場です。」←みなさんこれを忘れてはイカンですよ。劇場主さんは、多分実際は今もある程度の寄付などもしつつ、自分の生産性を高めるように努力しているハートフルマッチョなはず。
ひとり一つしか行動できないって言う前提に少し違和感があるけどいい話
あと
分裂教設立だな。
目先のことじゃなく、長期的な目で全体を捉えろ
日本の円借款(=ODAの一部)も、自己犠牲じゃなくて自律性を相手に求めるというコンセプトが基本なんですよね。ばら撒き主義的な欧米諸国とは好対照です。まぁ現在は再びばら撒きが主流になってきてますけど。
レッドリボン軍と戦ってた頃の悟空は少しの人しか救えなかったけど、いっぱい修行してスーパーサイヤ人3になれたら、元気玉でロングテールな戦闘力を得られて魔人ブウも倒せてWin-Winだよと言う話。
要約すると米百俵の話? この話を思い出したhttp://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1063914.html
上位2割の人は、既に魚の釣り方を知っている人たち/下位2割の人は、魚の釣り方を教えてもらっても、釣れるようにならない/その中間にいる6割の人は、程度の差はあれ、そういう記事が役に立つ
>「自己犠牲をして一人の人間を助けること(lose-win)」の方が「自己犠牲をせずに二人の人間を助けること」よりもはるかに崇高なことだとして語られる。「魚の釣り方」記事は役に立つ6割の人間に向けて書かれている。
ワールドビジョンに送っているとは思わなかった。なんだかんだ言って、結局募金してんじゃん!// 一番大事なのは、「すること」ではなく、「気がつくこと」だと思うけど
貧富の差を解消するのも、社会的課題を解決するのも資本主義社会ではビジネスがキーになるということ
自分の仕事に対する姿勢を、うまくまとめてくれているエントリー
つか、さっきまで誤爆してたw
ぎゃは!相変わらずのグルーヴ感ですね。世紀末救世主伝説のような男ですなぁ。あーだこーだ言うてるけど、交渉能力が無いと人間社会では強くはなれないよね。ケーン!
無能な人間には人を助けることすらろくにできないんだぜ、というお話。この記事に賛同する人は善意を「地獄への道に敷き詰められた石畳」だと思っている人が多いと予想。
ウサギ「この失敗を教訓に、私は元気になる野草のとり方を勉強し千人の旅人を助けましょう。貴方は決して無駄死にではありませんよ!」/自己犠牲説話を全てマッチョ流に解決するマッチョ童話。次は宮沢賢治でお願い
最近分裂君が初期の頃の勢いを取り戻しつつあると感じる。おかえりなさい、という感じ。
言いたいことは分かるけれど何か釈然としないのはなんでだろう…
基本的スタンスは好きなんだよな。でも、それによって世の中の速度を上げすぎている気もする。
人助けにおいて重要なのは、自己犠牲なんかじゃなく、
つくづくマッチョ。でもマッチョがマッチョの理論を肯定・正当化するのは当然だし、なんとも思わない。/でも、300円あれば海外の貧しい人をどんだけ救えるか知らないけど、自分はそれよりビッグイシューを買います。
いつ助けるのかを全部後回しにするならそうなのかね/毎日掃除は時間の無駄。自動掃除システム作るから今は掃除しない!って事か/いつかやるって人ばかりで、助けて欲しい人はその頃居なくなってたりして
なぜその話から利殖という結論になるかなぁ。グラミン銀行は貧者救済という前提があって五人組のシステムを作った上で持続の為の利子を付けているだけで。利殖してからバラ撒くって、凄い傲慢だと思うが。
比喩、大乗仏教を信仰してるだろう。と上座部仏教シンパが言ってみる。信仰しすぎるがゆえの大乗批判ができず、敵でもない上座部を貶め、腐った大乗を持ち上げる様にしか見えない。
完全に同意
ん~、文章が長い。
マイクロソフトを脱退して、ボランティアをビジネス化した人の話を思い出した。流し読みの上では同意。
他人を救う事でしか自分が救われない人の一選択肢/日本人にはあんまり理解されないと思われ/目の前で死にそうなほど困ってるたった1人の人を放置するかどうかで葛藤したことがありそう
この作者はどれ位、貧しい人々に分け与えてるか知りたい?
昼飯抜いて募金するのと自分の命を差し出したうさぎさんを同列で語ってはいけない。飛躍しすぎ。
主張したい内容に比して、文章が長すぎる。費用対効果が悪い(笑)/最近の24時間テレビの寄付の内容が「世界」じゃなくて「国内」に向いているのが気に入らないのと似た論理か。後「子供の病気治療費」の募金とか。
もっと慈善関係へ寄付する簡単なシステムがあれば多くの人が救えるのかもしれない
女子高生と黒タイツの関係=win-winの関係
投げっ放しジャーマン的エントリですね。
わざわざ寄付で自己満足しなくても、良いと思ったものに適正な対価を払う、という行動が結果的に人を助ける事に繋がる
日本では受益者負担教が浸透してる説は、
win-winの考え方が大事だという話。/将来的にwin-winか、目の前のwin-loseかはバランスが大事でこの人が言っているのは極端な例だと思う。
政府はどこに行ったんでしょう
ようは精一杯生きろということなのか?
あいかわらずトリクルダウン理論の破綻をご存じない。生物学的決定論に固執し経済学の凄い狭い領域しか見てないこの人どうなのよ・・・。何言っても無駄なんだなぁと。エントリ一つ書く暇あったら本読みましょう。
毎月、5千円のアニメDVDを買っています。買ってはいるけど見てはいません。これも寄付になるのだろうか?
自己犠牲の必要はないと思うし、うまく回るビジネスの重要性もよくわかる。ただ、欠けているのはそのビジネスを運営していく人たちの視点。この人たちの自己犠牲を考えたら最初からこんな話はできない。
お金持ちは確かに莫大なお金をチャリティにばらまいているけど、それを支えているのは、見合わない収入や劣悪な環境で、スタッフとして現地で働いている人達。でも、それを自己犠牲と取るか取らないかは人それぞれ。
社会貢献とは何か?全体利益の最大化を図るには?日本の場合、有意義な税金の使途も考えないといけない。
自身で答えを出してるじゃないですか。年収数百万程度の低所得者は自己犠牲をしないと他人を助けられない。また、言っていることは理想的であって、それを誰もが“たいした手間もかけず”にできたなら、今のような将
啓蒙としては良記事だと思う。ネットでも収益の一部は××に寄付されます的なサイトが増えれば免罪符になるかもしれん/最後の××さんが寄付してんのは後ろ暗いからだろ/釣られてビジネスしても相当の確率で失敗するが
DVDの代金を払わずに違法ダウソする方が、はるかに多くの宣伝になるんだ!/すきなことをして+で誰かを助けられるのもいい/4割の人に腐った魚の釣り方を騙して教える1割の人間は法律で裁かれないってばっちゃが言ってた
単なる正当化じゃなくて?
購買力平価という言葉をご存知無いのですか?年収300万円の日本人よりも年収10万円のアフリカ人の方が金持ちなのです。
皆が助かる方法は無いが、より多くの人を助けられそうな方法はあるのかもしれない。 / けれど、その基盤となる部分が、脆弱な気もする。当面は OK だろうけど。 / いづれにせよ、宇宙はサバイバル。
『「貧者の救済」と「利益の創出」の二つの効果を生み出すビジネス構造』僕の答えは長期的な視野を持って効率的にお金を使ってくれる団体に寄付する事かな(働いたらね)。http://info.linkclub.or.jp/nl/2007_11/P02-05.pdf
自分が“勝ち組”に向かって言っていることは、同じように世界の極貧の人から言われる可能性があることなわけで
「実際には、自己犠牲を払わずに他人を助ける方が、はるかに多くの人を助けられる」/これを言い訳にして win-lose をやらかしてしまわないように気を付けたい。
社会との関わり方について考えさせられるエントリ/「宛名のない善意/バイキング」のエントリ+ブクマへの反応かと思った/気付かぬうちにlose-winの関係に陥りそうなので気を付けよう
自己犠牲は最後の手段 犠牲になる前に、犠牲にならなくて済む方法を考える方が先
良エントリ(釣りでなければ)/ブックマーカーが記事作者よりも愚かであるということを前提に書かれていますが、自分の賢さを微塵も疑わない彼の自信がどこからくるのか、なかなかに不思議なことではあります。
ほんとうに、あたまがわるい、としか。/従属論なんて知らないのだろうなあ。/たとえば農業→http://www.ne.jp/asahi/institute/association/older_200610/paper/paper10.htm
最近のマッチョ問題に対するひとつの回答。僕も大体同意見で、マッチョはその他大勢の事なんて考えず、あくまで利己的に、自分の好きなように行動してほしい。その方が社会のためになる。
あいかわらず長い。もっと簡潔にまとめてほしい
意味もなく、サブプライムローンを思い出した。魚の釣り方をレクチャーするのに、釣りをやらない人を引き合いに出す必要はない。
この人最近やけに更新頻度上がってるけど出版でも狙ってるのかな。
「再生産可能な富」には「知名度」や「発言の影響力」も含むのではなかろうか。思い出した話、目の前の戦闘のために戦車を欲しがる軍に対して、敵工場を破壊する戦略爆撃機の開発に多くの予算を割いたらしい。
”自己犠牲を払わずに他人を助ける方が、はるかに多くの人を助けられる”。同じ寄付をするなら、お金が活きる使い方をして欲しい。
結局の所、多くの人は、十分に自分に価値を蓄えれば、やがて自分の中から価値があふれ出し、他人に分け与えられずにはいられなくなるのです/教えても出来ない2割ははじめから切り捨てる
このようなこと主張を受け入れられない人が二割、気づきを得る人が六割、すでに気づいている人が二割。しかし、きちんと言葉で発してくれる人はごく僅かしかいない。ありがとう。
グラミン銀行の件も、かなり恣意的な解釈だけどなぁ…。/マッチョのかっこよさを見せ付けて、競争社会での生存可能性を示している点は評価。
ごく当たり前の資本主義の原理。経済学を学んだ人間として私はこのエントリを支持する。しかし、このエントリに反発するのもまた人間らしい反応。資本主義はいつだって嫌われ者だからね。
道義的には叩かれるだろうけど、白人の責務みたいな物が思いっきり前提となっているところに違和感を感じた。/ で、資本主義的に貧困を解決しようとするとこんなんになるんですかね - http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4901234714/
ベーシックインカムとか生活保護とかもいいんですけど、魚が釣れない人はどうしたら生きづらさを軽減できると思います? ほら、人はパンのみで云々とか言うじゃないすか。お金だけあってもねえ。
おい、貧しい人間に百万円を渡すと、使い込んだ挙句に「お前が俺を甘やかすから俺の計画が狂って生活が頓挫した」と逆恨みされて殺されるぞ!
赤い羽根募金に協力お願いしてる暇あったら同じ1時間で自分の得意で需要が多く供給が少ない労働を提供し、その賃金を自分が寄付すべきだという話。労働集約性が高く生産性の低いボランティアが胡散臭い理由。
「教えても出来ない2割ははじめから切り捨てる」うーん / あと、「おこずかい」ではなく「おこづかい」。
結局は他人事だからでしょ。そして底辺は絶対になくならない事を知っている。使い道に困るほどの金持ちになれば、慈善でもしよかと誰でも思えるよ。
自分が余剰を渡すなら、トリアージ的に外国の深刻な貧困に対して何かしようと思う。だが橋本に噛み付いたプロ活動家職員とかバイキングで給仕待ち乞食ってのはそれを自分が貰って当然だと思ってる。二重に度し難い
人助けも戦略的にって話。効果をレバレッジするには、自分が成功し、権力や財力を得てから。その方が大きな効果を生み出せる。又はビジネスを通じてやる。社会的起業がはやってるように、賢い人は皆気づき始めてる。
2ちゃんねらー曰く、「しない善よりする偽善」らしいぜ。/でも、企業活動は永遠に継続するという前提が、ボランティア活動には当てはまらないというのが答えかな。
でも、将来の10億円より今の100万円が大事って事もあると思うんだ/だから寄付することにした
序盤で同感し、中盤でむかついて、終盤で腑に落ちた。 / 原丈人の言説を思い出す。 / 100万が1000万に増えるとき、差分の900万はどこから来てるんだろ?湧いて出てる訳じゃないよね?
なんだかこれ「本当に役に立ちたいなら選挙出ろ」みたいな話に似てる気がする、偉くなって仕事持ってこいみたいな?
マッチョ問題に関しては、6割の役に立ったとは言いがたいと思うが、考えさせられるエントリだと思った
タイトルは釣りに近いが真面目な論考
救済的分配に到るまでには周囲を省みないほどの貪欲な吸い上げが必要でしょうし、そんな渇望こそが無いと果たし難かったり。また、子育はビジネス視点あるに越した事無いけど情の方が重要だったりもするし
言ってる事は正しいのだろう。だが、大抵の金持ちは、貧乏人に魚の釣り方を教えたりはしない。
グラミン銀行って凄いよね? って話。
途中の利子の部分、利子を貧民にめぐむんじゃなくて、利子を生む「運用」によって貧民がお金を動かせるようになることが、ビジネスモデルによる貧困解決のキモだと思うんだけど。/金は隠居後に出せメソッド
お話はよくわかりました。/ ところでその魚ください
話はずれるがグラミン銀行の利率はバングラのインフレ考えたらそんな高利でもないんじゃ
面白いんだけど長い
マッチョ(笑)
][社会][福祉][経済]
現実にはwin-loseの非対称が嫌というほど。目の前の偏在にはやはり目がいく。それだけ身近な問題。庶民に出来るのは最低賃金の引き上げ・コストアップを受け入れる位か。減っても彼らの生存に必要なら
健全なNPO的な考え方ですよね。
痛いところを突くエントリ。
これは良エントリ。
現在に至る歴史の中で全員が幸せな時代がなかったんだから,俺は分け与えない.ネットが残ったまま人間が5億人くらいになったらできるのかもね.
その話R30の人が何ヶ月前かにやってはりましたな。<グラミンフォン/他人を助ける助けないという感情・行為をシステム論議にすり替えるこういう手法こそ自己欺瞞の最たる物。みんなを幸せにという幸せ教は怖いねえ。
ブログで論争を装った「俺こそが頭いい」ゲームをしている人がたまにいるけど、その時間、誰かの仕事を引き取って残業して、その金を募金すればいい。実際ぼくはそうしてるけど、その方が建設的だと思う。
素直にいいエントリだと思う
魚の釣り方はよく聞きますが、それをここまで噛み砕いた文章に出来るのは感嘆に値します。
安易な自己犠牲が欺瞞である合理的な理由。
主旨は同意。ただし。魚をどうしても釣ることもできない2割の存在を認識の上でそれを視野外に置いた魚釣り方法をすすめているとすれば、弱者存在の積極的な肯定と2割の人に受け取られても仕方ないとも思う。
嫌な事を嫌だと言うのに、理由は要りません。だから、やりたい事をやるのにも理由は要りません。
どうやらはてブはその2割に当たる方々ばかりみたいです。どっちの2割かって?ブクマ見ればわかる。
珍しく合意できるかと思ったら、世界中の人間が増え続けているのを無視していて且つ人助けに必要なコストの見積りが適当な件
ビジネスシステムは利益を生み出す限り無限に膨張できる永久機関 人助けにおいて重要なのは、自己犠牲なんかじゃなく、戦略と、ビジネスモデルと、効率と、生産性
"The Singer Solution to World Poverty"とか、懐かしいなぁ。/巨額の金が大量の犯罪者を引き寄せる慈善業界の急務はHijacking対策。貧困者に届く前に奪われる資金・物資(全体の10~15%とも)を許容内のリスクとして捨てていいのか。
その「貴族の暮らし」とやらを捨ててでも世界を変える可能性は最初から考慮に値しないらしい。/ジジェクなら三行で論破できるレベルの理屈。
ひたすらモグラ叩きするんじゃなく、モグラを出ないようにしようというお話か
「自己犠牲教」か~。ふろむださんは新語を造るのがうまいなぁ。現場では自分で事件を選べるわけではないから、自分で解決できないことたくさん。ディフェンスの仕方を求められる。ネットの人助けは具体性が必要かな
今世紀最大的に納得させられた。よい本を1冊読んだくらいに思えるエントリ。明日から頭の中のロジックを少し入れ替えれる気がする。
闘争と懐疑。
助けたい人しか助けないというのが結局人間の性である・・?
雑。雑だから駄目とは云わないが、現状肯定を雑に語るのは頂けない。/市場万能主義でもあるまいに。
なぜか宗教では、自己犠牲が貴いと考えられるようですね。仏教の兎然り、聖書の「友人のために命を与える以上の大きな愛はない」(ヨハネ15:13)然り。
これいっちゃっていいのかねぇ・・・。
このエントリを見た後で、俺の親父が「フォスター・ペアレント」制度に少ないながらも寄付し続けてる事を知り感嘆した。/中盤の「人助けもビジネスとなりうる」例で「才能のスカウト」を思い付いた。スポーツとか。
俺の場合。自分が可愛いから自己犠牲はしない。寝覚めが悪くなるから身近な人助けはする。貧者への慈善は気が向いたらやる。やらないかもしれない。マッチョに否定的な書き方をするのははてなスターがほしいから。
fromdusktildawnさんならこの真逆の極論を書く事も容易いだろう
なんか同時多発的にマネジメントが貧困を救うというエントリーが増えている。
まあ、見知らぬ100人の人間が死ぬことより自分の指を斬られることのほうがいやといいうのが偽らない人間の本性。赤の他人が死んでも心は痛まないからね。
2004.6.11「昔も今も、文明的な生活をできる人口の上限は、その時代の技術水準によって決定されるという点は変わっていない」
今のしょぼい力を使うより、その力を自己投資して、もっと強くなってから多くの人を救おうという話/1000人のうちの3人は固定じゃなくて流動的ということも忘れたくない。
功利主義や利己主義や共感可能性や富の再分配やパレート効率や行動経済学やなんやかんやを勉強してから考える。
ウィンプが茶々を入れるようなスキは1分も無い文章に見えるなー。これ書くのに1日まるごと使ったのかも? 教育こそが(長期的に)生活を向上させる手段ですねですね。
2割の人は、真実が欲しかったのではなく、共感がほしかっただけだよ
自己犠牲については同意。/良いはなしにさりげなく一番云いたいことをはさみこむ分裂芸を鑑賞しましょう
1000人中3人の話は良い話/助け方の問題は難しい。
マッチョの人たちは全体を見ていて、反対している人は目の前の個人を見ている感じ。どっちが良い悪いってものではないな。
まさに、まさにその通りの話。脊髄反射で自己犠牲病に騙されては、本当にしなければならないものを見失う。
最近は小飼弾パラサイト(リスペクト?)的な記事が多いですね。
結局の所階層を問わず自分たちが求めるものには敏感だけれども、他人が求めているものには鈍感だって事なんだろうなあ。そして自分が人になにを出来るか考えられないのに他人にそれを求めるのはなあと言う気も。
「自分を削って分け与えるような安易な人助けは、lose-win」 。どんな優秀な人間ががんばってもできる仕事の量は高が知れてる。仕事のやり方を教えることで生産性は何百倍にもなるという話。
「お布施の心」と「優越感ゲーム」
失業率低下と生産性向上
自分もまた助けられたいと思っているからだろうな。ホームレスはみんな、大富豪か何かが自分を助けてくれないかと夢想して、サラリーマンもじぶんはもっとでかいことができると信じてる。助ける側に回るのは難しい
自己犠牲といえば「Fateは文学」の出番ですよ!/ 「そうだ、誰かを助けたいという願いが綺麗だったから憧れた!」 「そんな偽善では何も救えない。もとより、何を救うべきかも定まらない!」「理想を抱いて溺死しろ」
中2の夏初めての1人旅でイタリアへ行った。神父が乞食に小銭を掴ませてるのを見て「偽善者め!衣服ごと与えろ」て憤慨したのを覚えてる。実際に貧乏人と話した事などないだろ?今の君こそが他人をダシにしてんだよ
年収300万でも世界の貴族か。noblesse obligeの拡大。そういえばゲイツの財団を知った時は、少しだけMS製品購入を正当化できたような気はしたな。
後半、ネガコメ炎上の一因についての洞察
ただ、このエントリもまた、ビジネスに対する「信仰」には見えなくもない、みたいな辺りの違和感はあるかなと。まぁ自己犠牲よりはビジネスの方が効率は良さげに見えるには違いないけれど。
ノーベル賞の人はお金だけ貸すんじゃなくて、ビジネスのモデルを聞いてアドバイスするコンサルティングをきっちりしてたはずよ。日本のサラ金と違って。
ちゃんと働いてきちんと税金も納めるから、その税金で困ってる人たちを助けてよ、とか。でも、国や行政任せじゃどうにも、ね。
Win-Winって本当にWin-Winなのかなぁ。隠れたLoserに負荷を押し付けてない?
魚を与えるのではなく魚を釣る技術を教えるのが青年海外協力隊、って話。で、年利10%の運用方法を教えてくれ。ムハンマドユヌスの話を見ると、サラ金賛美にしか聞こえない。無担保で貧しい人々に高利で貸すってさ。
一晩悩んでみる。答えが出るか分からんが。
あとでよむ
自己犠牲と自殺には、なんか関係があるのかなと。本文と関係なく思った。
興味深かった
良エントリ。
これを読んで違和感を覚えるとすれば、まさに今の年金制度に対してと同じ感覚だろう。収入の途絶える、つまり「貧しい」はずの高齢者を助ける賦課制度は福祉と財産再分配の方針から妥当とされてきた。でも今は危うい
自己犠牲美しくて大好きだけど自分が犠牲になるのはいや / さっさと金を送ればいいのだグズグズ言わずに・・・ピシピシ送るべし・・・!
「誰でも頑張れば素敵な人になれる」という人類平等教か?平等を否定しつつ、平等を暗黙の前提にする理論に見える。プログラム用語で言えば「車輪の再発明」
いい歳なのに「自己犠牲こそが究極」なんていうヤツは『馬鹿』なのか『罠』なのか心底疑ってかからないといけないなぁ~って思ったり。このロジックは、20歳を越えるまでには乗り越えてないと・・・
やっぱり焼け石に水と思っちゃうからかなあ。得をする人がいないのにデスマが無くならないのはデスマ体験で自己陶酔出来る人がいるからなんじゃないのかと思ったり
そりゃそーだ。何もしない僕らはビル・ゲイツに期待しましょ。
アフリカの恵まれない子供たちと一緒に机を並べて仕事をしていれば話は別だろうけれども、どうしても自分の生活範囲を見回して、相対的に割を食ってるなぁと感じつつ解決の希望を見出せないケースは多々あるのかも。
[PR]1位も狙える?ブログランキング出会いの広場
はてなブックマークの中から「これはひどい」エントリーを取り上げて、Digg風に表示したサイトです。より人の為になるこれはすごいバージョンもあります。
はてブで「これはひどい」タグを付けると投票としてカウントされ、コメントを書き込むとコメントとして反映されます。はてな認証APIによる投票にも対応しています。
コメント
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Win-Win取引
興味深い
判るけど「全く何もしない人」がそれを言い訳にするんだよね。
えらい人だ。たいていの人は自己犠牲の快楽のために人助けをするのです。ま、わたしゃこの記事の対象外でしたが。自己犠牲って本当に気持ちが良くて、承認欲求が満たされるんだよ。
深い、とっても深い。そしてすばらしい。6割の人だよなぁ。そこがネットを見ないというのが問題。もう狩猟の時代ではないのだからそろそろ本能も変えてかないとね。
「チャイルドスポンサーシップ」とかなんかいやだなぁ 飼いならしてるみたいで 善・偽善 やったほうがいいのだろうけど でもその前に人間増加の抑制を図らないといたちごっこですね 無責任に子供なんて作るんじ
「自己犠牲などして、自分を減らして人助けをするよりも、自分の力を温存し、むしろどんどん膨張させながら人助けをした方が、はるかに多くの人を助けられるのです。」多産多死モデルは受けないよなー
お金の使い方。
自己犠牲じゃたいした数の人を幸せに出来ない。納得。
だから、「貧者の救済」と「利益の創出」の二つの効果を生み出すビジネス構造を組み立てれば、自己犠牲によって貧困者を救う場合の何百万倍もの数の人々を救うことが出来るわけです。
あなたは、なぜ、自分のお金を貧しい人々に分け与えないのですか? - 分裂勘違い君劇場 : 自分の体力を温存したまま、「生産性の高い人助け」をする
アフリカかどっかの極貧子沢山地域に食糧援助すると、その分人口が増えて何の改善にもならないというのを思い出した
昔から日本は滅私の思想が重んじられてるしなぁ。これからは、そーいう考え方も必要カモ。
「貧者の一灯」を全否定
自己犠牲ではなく「十分に自分に価値を蓄えれば、やがて自分の中から価値があふれ出し、他人に分け与えられずにはいられなくなる」ものである。ただしこれは3/1000人。つまり1つのモデル。
釣りの仕方を教えるに同意。自分の人生を振り返ってちと反省。
「カンボジアの貧しい農民からみれば、まるで貴族のような暮らしです。」これには同意。まあ慈善事業、ボランティアは強制するようなものじゃないから、やりたい人がやればいい。
そんな記事にオレがつられクマーー/~~~~ー`)ノ~~~==3
"そもそもビジネスモデルの基本はwin-win"
「自分の富をふやす過程」と「その富を他者に分け与える過程」の二つの過程で他者を助ける
同意。私もこんな感じだ。アフリカ方面にいくと「あいつらには俺が魚をやっているんだ」という連中がいるのがなぁ…。
blog 思うこと 書きたいこと
ちょっと論点を混ぜすぎで、プロパガンダ的文章としては弱いように思う。個々の哲学は同意が持てるが、金を与えない理由に結びつける部分で失敗しているように思う
「人助けにおいて重要なのは、自己犠牲なんかじゃなく、戦略と、ビジネスモデルと、効率と、生産性だ」
何か宗教臭い違和感を覚えるエントリーだ。
マザーテレサよりも経済成長が飢えと貧困と苦悩を駆逐する
成長神話
"上記の要因が、少しずつ重なり、複雑に絡み合った結果、魚の釣り方を教えてもらってもどうしょうもない状態の人"←他人のせい+ブラック企業+メンヘル+軽度の発達障害の俺は満貫だorz
自己犠牲などして、自分を減らして人助けをするよりも、自分の力を温存し、むしろどんどん膨張させながら人助けをした方が、はるかに多くの人を助けられる。
ネットでこんなにいい文章が読めるとは思ってもみなかった。いつも自分がぼんやり考えていたことを、これ以上ないほどクリアに文章化している。素晴らしい。
言ってることはよくわかるけど、よくわかるからなおさら、姥捨て山一歩手前だと思うが。
東南アジアの貧しい地域ってどこのこと指してるのかなと思いつつ(ちなみに何度か名前の出てくるネパールは普通は東南アジアの範疇じゃないよね)学校は建てることよりもその後の運営が大変なのです。ハードよりソフト
分裂君はあふぉです。まず経済原論の1ページ目を読みなさい。効率性と公平は別です。公平はモラルの問題ですから、それはロジックでは語れません。
ビジネスの多くが、こういう目標を持てなくて、疲弊した世代では魚を釣れない人が2割どころじゃなくなってね?って問題意識が氷河期→マッチョ論争の根底にある気がするんだけど…
視野が広い狭いに関わらず、精神的にも経済的にも自立してないと人なんて救えないね。
メビウスの輪の中にいるかのように感じてしまう面白い考え方だ
まずは、挑戦する1000人になることが大切だと感じた
ブログは自分が楽しんで書くべきだからいいんだけど、見てるほうの無責任な野次を言えば、もう論点すり替えメソッドは飽きた
こんなことを思ってた時期が私にもありました。世の中には相対的貧困と絶対的貧困を切り分けて考えられない人が多いようです。この話にさっさと賛同した人は話が摩り替わってることに早く気づいてください。
分け与えたら幸せになる? それは間違えてる。 分け与えれば逆にこちらが不幸になる。お金ならまだいいが技術ではさらにひどい不幸がおとづれる 長期的に見て。
life
ちょうど今日オレも「貧民救済はトリアージと同じだな」と思っていた所.救急隊は「まず手近な所から助ける」は間違い.「まず被害者の総数と重症度を把握する」,助けるのはその次.
知り合いの長髪が貧困に苦しむ男に100万円を渡すと初音ミクのコスプレをしてしまうのだ、というようなことを言っていた。
でー、肝心の金が有限なわけですが。
ただのいい人では誰一人助けられないということ。
「ここは極論を楽しむ劇場です。」←みなさんこれを忘れてはイカンですよ。劇場主さんは、多分実際は今もある程度の寄付などもしつつ、自分の生産性を高めるように努力しているハートフルマッチョなはず。
ひとり一つしか行動できないって言う前提に少し違和感があるけどいい話
あと
分裂教設立だな。
目先のことじゃなく、長期的な目で全体を捉えろ
日本の円借款(=ODAの一部)も、自己犠牲じゃなくて自律性を相手に求めるというコンセプトが基本なんですよね。ばら撒き主義的な欧米諸国とは好対照です。まぁ現在は再びばら撒きが主流になってきてますけど。
レッドリボン軍と戦ってた頃の悟空は少しの人しか救えなかったけど、いっぱい修行してスーパーサイヤ人3になれたら、元気玉でロングテールな戦闘力を得られて魔人ブウも倒せてWin-Winだよと言う話。
要約すると米百俵の話? この話を思い出したhttp://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1063914.html
上位2割の人は、既に魚の釣り方を知っている人たち/下位2割の人は、魚の釣り方を教えてもらっても、釣れるようにならない/その中間にいる6割の人は、程度の差はあれ、そういう記事が役に立つ
>「自己犠牲をして一人の人間を助けること(lose-win)」の方が「自己犠牲をせずに二人の人間を助けること」よりもはるかに崇高なことだとして語られる。「魚の釣り方」記事は役に立つ6割の人間に向けて書かれている。
ワールドビジョンに送っているとは思わなかった。なんだかんだ言って、結局募金してんじゃん!// 一番大事なのは、「すること」ではなく、「気がつくこと」だと思うけど
貧富の差を解消するのも、社会的課題を解決するのも資本主義社会ではビジネスがキーになるということ
自分の仕事に対する姿勢を、うまくまとめてくれているエントリー
つか、さっきまで誤爆してたw
ぎゃは!相変わらずのグルーヴ感ですね。世紀末救世主伝説のような男ですなぁ。あーだこーだ言うてるけど、交渉能力が無いと人間社会では強くはなれないよね。ケーン!
無能な人間には人を助けることすらろくにできないんだぜ、というお話。この記事に賛同する人は善意を「地獄への道に敷き詰められた石畳」だと思っている人が多いと予想。
ウサギ「この失敗を教訓に、私は元気になる野草のとり方を勉強し千人の旅人を助けましょう。貴方は決して無駄死にではありませんよ!」/自己犠牲説話を全てマッチョ流に解決するマッチョ童話。次は宮沢賢治でお願い
最近分裂君が初期の頃の勢いを取り戻しつつあると感じる。おかえりなさい、という感じ。
言いたいことは分かるけれど何か釈然としないのはなんでだろう…
基本的スタンスは好きなんだよな。でも、それによって世の中の速度を上げすぎている気もする。
人助けにおいて重要なのは、自己犠牲なんかじゃなく、
つくづくマッチョ。でもマッチョがマッチョの理論を肯定・正当化するのは当然だし、なんとも思わない。/でも、300円あれば海外の貧しい人をどんだけ救えるか知らないけど、自分はそれよりビッグイシューを買います。
いつ助けるのかを全部後回しにするならそうなのかね/毎日掃除は時間の無駄。自動掃除システム作るから今は掃除しない!って事か/いつかやるって人ばかりで、助けて欲しい人はその頃居なくなってたりして
なぜその話から利殖という結論になるかなぁ。グラミン銀行は貧者救済という前提があって五人組のシステムを作った上で持続の為の利子を付けているだけで。利殖してからバラ撒くって、凄い傲慢だと思うが。
比喩、大乗仏教を信仰してるだろう。と上座部仏教シンパが言ってみる。信仰しすぎるがゆえの大乗批判ができず、敵でもない上座部を貶め、腐った大乗を持ち上げる様にしか見えない。
完全に同意
ん~、文章が長い。
マイクロソフトを脱退して、ボランティアをビジネス化した人の話を思い出した。流し読みの上では同意。
他人を救う事でしか自分が救われない人の一選択肢/日本人にはあんまり理解されないと思われ/目の前で死にそうなほど困ってるたった1人の人を放置するかどうかで葛藤したことがありそう
この作者はどれ位、貧しい人々に分け与えてるか知りたい?
昼飯抜いて募金するのと自分の命を差し出したうさぎさんを同列で語ってはいけない。飛躍しすぎ。
主張したい内容に比して、文章が長すぎる。費用対効果が悪い(笑)/最近の24時間テレビの寄付の内容が「世界」じゃなくて「国内」に向いているのが気に入らないのと似た論理か。後「子供の病気治療費」の募金とか。
もっと慈善関係へ寄付する簡単なシステムがあれば多くの人が救えるのかもしれない
女子高生と黒タイツの関係=win-winの関係
投げっ放しジャーマン的エントリですね。
わざわざ寄付で自己満足しなくても、良いと思ったものに適正な対価を払う、という行動が結果的に人を助ける事に繋がる
日本では受益者負担教が浸透してる説は、
win-winの考え方が大事だという話。/将来的にwin-winか、目の前のwin-loseかはバランスが大事でこの人が言っているのは極端な例だと思う。
政府はどこに行ったんでしょう
ようは精一杯生きろということなのか?
あいかわらずトリクルダウン理論の破綻をご存じない。生物学的決定論に固執し経済学の凄い狭い領域しか見てないこの人どうなのよ・・・。何言っても無駄なんだなぁと。エントリ一つ書く暇あったら本読みましょう。
毎月、5千円のアニメDVDを買っています。買ってはいるけど見てはいません。これも寄付になるのだろうか?
自己犠牲の必要はないと思うし、うまく回るビジネスの重要性もよくわかる。ただ、欠けているのはそのビジネスを運営していく人たちの視点。この人たちの自己犠牲を考えたら最初からこんな話はできない。
お金持ちは確かに莫大なお金をチャリティにばらまいているけど、それを支えているのは、見合わない収入や劣悪な環境で、スタッフとして現地で働いている人達。でも、それを自己犠牲と取るか取らないかは人それぞれ。
社会貢献とは何か?全体利益の最大化を図るには?日本の場合、有意義な税金の使途も考えないといけない。
自身で答えを出してるじゃないですか。年収数百万程度の低所得者は自己犠牲をしないと他人を助けられない。また、言っていることは理想的であって、それを誰もが“たいした手間もかけず”にできたなら、今のような将
啓蒙としては良記事だと思う。ネットでも収益の一部は××に寄付されます的なサイトが増えれば免罪符になるかもしれん/最後の××さんが寄付してんのは後ろ暗いからだろ/釣られてビジネスしても相当の確率で失敗するが
DVDの代金を払わずに違法ダウソする方が、はるかに多くの宣伝になるんだ!/すきなことをして+で誰かを助けられるのもいい/4割の人に腐った魚の釣り方を騙して教える1割の人間は法律で裁かれないってばっちゃが言ってた
単なる正当化じゃなくて?
購買力平価という言葉をご存知無いのですか?年収300万円の日本人よりも年収10万円のアフリカ人の方が金持ちなのです。
自己犠牲ではなく「十分に自分に価値を蓄えれば、やがて自分の中から価値があふれ出し、他人に分け与えられずにはいられなくなる」ものである。ただしこれは3/1000人。つまり1つのモデル。
皆が助かる方法は無いが、より多くの人を助けられそうな方法はあるのかもしれない。 / けれど、その基盤となる部分が、脆弱な気もする。当面は OK だろうけど。 / いづれにせよ、宇宙はサバイバル。
『「貧者の救済」と「利益の創出」の二つの効果を生み出すビジネス構造』僕の答えは長期的な視野を持って効率的にお金を使ってくれる団体に寄付する事かな(働いたらね)。http://info.linkclub.or.jp/nl/2007_11/P02-05.pdf
自分が“勝ち組”に向かって言っていることは、同じように世界の極貧の人から言われる可能性があることなわけで
「実際には、自己犠牲を払わずに他人を助ける方が、はるかに多くの人を助けられる」/これを言い訳にして win-lose をやらかしてしまわないように気を付けたい。
社会との関わり方について考えさせられるエントリ/「宛名のない善意/バイキング」のエントリ+ブクマへの反応かと思った/気付かぬうちにlose-winの関係に陥りそうなので気を付けよう
自己犠牲は最後の手段 犠牲になる前に、犠牲にならなくて済む方法を考える方が先
良エントリ(釣りでなければ)/ブックマーカーが記事作者よりも愚かであるということを前提に書かれていますが、自分の賢さを微塵も疑わない彼の自信がどこからくるのか、なかなかに不思議なことではあります。
ほんとうに、あたまがわるい、としか。/従属論なんて知らないのだろうなあ。/たとえば農業→http://www.ne.jp/asahi/institute/association/older_200610/paper/paper10.htm
最近のマッチョ問題に対するひとつの回答。僕も大体同意見で、マッチョはその他大勢の事なんて考えず、あくまで利己的に、自分の好きなように行動してほしい。その方が社会のためになる。
あいかわらず長い。もっと簡潔にまとめてほしい
意味もなく、サブプライムローンを思い出した。魚の釣り方をレクチャーするのに、釣りをやらない人を引き合いに出す必要はない。
この人最近やけに更新頻度上がってるけど出版でも狙ってるのかな。
「再生産可能な富」には「知名度」や「発言の影響力」も含むのではなかろうか。思い出した話、目の前の戦闘のために戦車を欲しがる軍に対して、敵工場を破壊する戦略爆撃機の開発に多くの予算を割いたらしい。
”自己犠牲を払わずに他人を助ける方が、はるかに多くの人を助けられる”。同じ寄付をするなら、お金が活きる使い方をして欲しい。
結局の所、多くの人は、十分に自分に価値を蓄えれば、やがて自分の中から価値があふれ出し、他人に分け与えられずにはいられなくなるのです/教えても出来ない2割ははじめから切り捨てる
このようなこと主張を受け入れられない人が二割、気づきを得る人が六割、すでに気づいている人が二割。しかし、きちんと言葉で発してくれる人はごく僅かしかいない。ありがとう。
グラミン銀行の件も、かなり恣意的な解釈だけどなぁ…。/マッチョのかっこよさを見せ付けて、競争社会での生存可能性を示している点は評価。
ごく当たり前の資本主義の原理。経済学を学んだ人間として私はこのエントリを支持する。しかし、このエントリに反発するのもまた人間らしい反応。資本主義はいつだって嫌われ者だからね。
道義的には叩かれるだろうけど、白人の責務みたいな物が思いっきり前提となっているところに違和感を感じた。/ で、資本主義的に貧困を解決しようとするとこんなんになるんですかね - http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4901234714/
ベーシックインカムとか生活保護とかもいいんですけど、魚が釣れない人はどうしたら生きづらさを軽減できると思います? ほら、人はパンのみで云々とか言うじゃないすか。お金だけあってもねえ。
おい、貧しい人間に百万円を渡すと、使い込んだ挙句に「お前が俺を甘やかすから俺の計画が狂って生活が頓挫した」と逆恨みされて殺されるぞ!
赤い羽根募金に協力お願いしてる暇あったら同じ1時間で自分の得意で需要が多く供給が少ない労働を提供し、その賃金を自分が寄付すべきだという話。労働集約性が高く生産性の低いボランティアが胡散臭い理由。
「教えても出来ない2割ははじめから切り捨てる」うーん / あと、「おこずかい」ではなく「おこづかい」。
結局は他人事だからでしょ。そして底辺は絶対になくならない事を知っている。使い道に困るほどの金持ちになれば、慈善でもしよかと誰でも思えるよ。
自分が余剰を渡すなら、トリアージ的に外国の深刻な貧困に対して何かしようと思う。だが橋本に噛み付いたプロ活動家職員とかバイキングで給仕待ち乞食ってのはそれを自分が貰って当然だと思ってる。二重に度し難い
人助けも戦略的にって話。効果をレバレッジするには、自分が成功し、権力や財力を得てから。その方が大きな効果を生み出せる。又はビジネスを通じてやる。社会的起業がはやってるように、賢い人は皆気づき始めてる。
2ちゃんねらー曰く、「しない善よりする偽善」らしいぜ。/でも、企業活動は永遠に継続するという前提が、ボランティア活動には当てはまらないというのが答えかな。
でも、将来の10億円より今の100万円が大事って事もあると思うんだ/だから寄付することにした
序盤で同感し、中盤でむかついて、終盤で腑に落ちた。 / 原丈人の言説を思い出す。 / 100万が1000万に増えるとき、差分の900万はどこから来てるんだろ?湧いて出てる訳じゃないよね?
なんだかこれ「本当に役に立ちたいなら選挙出ろ」みたいな話に似てる気がする、偉くなって仕事持ってこいみたいな?
マッチョ問題に関しては、6割の役に立ったとは言いがたいと思うが、考えさせられるエントリだと思った
タイトルは釣りに近いが真面目な論考
救済的分配に到るまでには周囲を省みないほどの貪欲な吸い上げが必要でしょうし、そんな渇望こそが無いと果たし難かったり。また、子育はビジネス視点あるに越した事無いけど情の方が重要だったりもするし
言ってる事は正しいのだろう。だが、大抵の金持ちは、貧乏人に魚の釣り方を教えたりはしない。
グラミン銀行って凄いよね? って話。
途中の利子の部分、利子を貧民にめぐむんじゃなくて、利子を生む「運用」によって貧民がお金を動かせるようになることが、ビジネスモデルによる貧困解決のキモだと思うんだけど。/金は隠居後に出せメソッド
お話はよくわかりました。/ ところでその魚ください
話はずれるがグラミン銀行の利率はバングラのインフレ考えたらそんな高利でもないんじゃ
面白いんだけど長い
マッチョ(笑)
][社会][福祉][経済]
現実にはwin-loseの非対称が嫌というほど。目の前の偏在にはやはり目がいく。それだけ身近な問題。庶民に出来るのは最低賃金の引き上げ・コストアップを受け入れる位か。減っても彼らの生存に必要なら
健全なNPO的な考え方ですよね。
痛いところを突くエントリ。
これは良エントリ。
現在に至る歴史の中で全員が幸せな時代がなかったんだから,俺は分け与えない.ネットが残ったまま人間が5億人くらいになったらできるのかもね.
その話R30の人が何ヶ月前かにやってはりましたな。<グラミンフォン/他人を助ける助けないという感情・行為をシステム論議にすり替えるこういう手法こそ自己欺瞞の最たる物。みんなを幸せにという幸せ教は怖いねえ。
ブログで論争を装った「俺こそが頭いい」ゲームをしている人がたまにいるけど、その時間、誰かの仕事を引き取って残業して、その金を募金すればいい。実際ぼくはそうしてるけど、その方が建設的だと思う。
素直にいいエントリだと思う
魚の釣り方はよく聞きますが、それをここまで噛み砕いた文章に出来るのは感嘆に値します。
安易な自己犠牲が欺瞞である合理的な理由。
主旨は同意。ただし。魚をどうしても釣ることもできない2割の存在を認識の上でそれを視野外に置いた魚釣り方法をすすめているとすれば、弱者存在の積極的な肯定と2割の人に受け取られても仕方ないとも思う。
嫌な事を嫌だと言うのに、理由は要りません。だから、やりたい事をやるのにも理由は要りません。
どうやらはてブはその2割に当たる方々ばかりみたいです。どっちの2割かって?ブクマ見ればわかる。
珍しく合意できるかと思ったら、世界中の人間が増え続けているのを無視していて且つ人助けに必要なコストの見積りが適当な件
ビジネスシステムは利益を生み出す限り無限に膨張できる永久機関 人助けにおいて重要なのは、自己犠牲なんかじゃなく、戦略と、ビジネスモデルと、効率と、生産性
"The Singer Solution to World Poverty"とか、懐かしいなぁ。/巨額の金が大量の犯罪者を引き寄せる慈善業界の急務はHijacking対策。貧困者に届く前に奪われる資金・物資(全体の10~15%とも)を許容内のリスクとして捨てていいのか。
その「貴族の暮らし」とやらを捨ててでも世界を変える可能性は最初から考慮に値しないらしい。/ジジェクなら三行で論破できるレベルの理屈。
ひたすらモグラ叩きするんじゃなく、モグラを出ないようにしようというお話か
「自己犠牲教」か~。ふろむださんは新語を造るのがうまいなぁ。現場では自分で事件を選べるわけではないから、自分で解決できないことたくさん。ディフェンスの仕方を求められる。ネットの人助けは具体性が必要かな
今世紀最大的に納得させられた。よい本を1冊読んだくらいに思えるエントリ。明日から頭の中のロジックを少し入れ替えれる気がする。
闘争と懐疑。
助けたい人しか助けないというのが結局人間の性である・・?
雑。雑だから駄目とは云わないが、現状肯定を雑に語るのは頂けない。/市場万能主義でもあるまいに。
なぜか宗教では、自己犠牲が貴いと考えられるようですね。仏教の兎然り、聖書の「友人のために命を与える以上の大きな愛はない」(ヨハネ15:13)然り。
これいっちゃっていいのかねぇ・・・。
このエントリを見た後で、俺の親父が「フォスター・ペアレント」制度に少ないながらも寄付し続けてる事を知り感嘆した。/中盤の「人助けもビジネスとなりうる」例で「才能のスカウト」を思い付いた。スポーツとか。
俺の場合。自分が可愛いから自己犠牲はしない。寝覚めが悪くなるから身近な人助けはする。貧者への慈善は気が向いたらやる。やらないかもしれない。マッチョに否定的な書き方をするのははてなスターがほしいから。
fromdusktildawnさんならこの真逆の極論を書く事も容易いだろう
なんか同時多発的にマネジメントが貧困を救うというエントリーが増えている。
まあ、見知らぬ100人の人間が死ぬことより自分の指を斬られることのほうがいやといいうのが偽らない人間の本性。赤の他人が死んでも心は痛まないからね。
2004.6.11「昔も今も、文明的な生活をできる人口の上限は、その時代の技術水準によって決定されるという点は変わっていない」
今のしょぼい力を使うより、その力を自己投資して、もっと強くなってから多くの人を救おうという話/1000人のうちの3人は固定じゃなくて流動的ということも忘れたくない。
功利主義や利己主義や共感可能性や富の再分配やパレート効率や行動経済学やなんやかんやを勉強してから考える。
ウィンプが茶々を入れるようなスキは1分も無い文章に見えるなー。これ書くのに1日まるごと使ったのかも? 教育こそが(長期的に)生活を向上させる手段ですねですね。
2割の人は、真実が欲しかったのではなく、共感がほしかっただけだよ
自己犠牲については同意。/良いはなしにさりげなく一番云いたいことをはさみこむ分裂芸を鑑賞しましょう
1000人中3人の話は良い話/助け方の問題は難しい。
マッチョの人たちは全体を見ていて、反対している人は目の前の個人を見ている感じ。どっちが良い悪いってものではないな。
まさに、まさにその通りの話。脊髄反射で自己犠牲病に騙されては、本当にしなければならないものを見失う。
最近は小飼弾パラサイト(リスペクト?)的な記事が多いですね。
結局の所階層を問わず自分たちが求めるものには敏感だけれども、他人が求めているものには鈍感だって事なんだろうなあ。そして自分が人になにを出来るか考えられないのに他人にそれを求めるのはなあと言う気も。
「自分を削って分け与えるような安易な人助けは、lose-win」 。どんな優秀な人間ががんばってもできる仕事の量は高が知れてる。仕事のやり方を教えることで生産性は何百倍にもなるという話。
「お布施の心」と「優越感ゲーム」
失業率低下と生産性向上
自分もまた助けられたいと思っているからだろうな。ホームレスはみんな、大富豪か何かが自分を助けてくれないかと夢想して、サラリーマンもじぶんはもっとでかいことができると信じてる。助ける側に回るのは難しい
自己犠牲といえば「Fateは文学」の出番ですよ!/ 「そうだ、誰かを助けたいという願いが綺麗だったから憧れた!」 「そんな偽善では何も救えない。もとより、何を救うべきかも定まらない!」「理想を抱いて溺死しろ」
中2の夏初めての1人旅でイタリアへ行った。神父が乞食に小銭を掴ませてるのを見て「偽善者め!衣服ごと与えろ」て憤慨したのを覚えてる。実際に貧乏人と話した事などないだろ?今の君こそが他人をダシにしてんだよ
年収300万でも世界の貴族か。noblesse obligeの拡大。そういえばゲイツの財団を知った時は、少しだけMS製品購入を正当化できたような気はしたな。
後半、ネガコメ炎上の一因についての洞察
ただ、このエントリもまた、ビジネスに対する「信仰」には見えなくもない、みたいな辺りの違和感はあるかなと。まぁ自己犠牲よりはビジネスの方が効率は良さげに見えるには違いないけれど。
ノーベル賞の人はお金だけ貸すんじゃなくて、ビジネスのモデルを聞いてアドバイスするコンサルティングをきっちりしてたはずよ。日本のサラ金と違って。
ちゃんと働いてきちんと税金も納めるから、その税金で困ってる人たちを助けてよ、とか。でも、国や行政任せじゃどうにも、ね。
Win-Winって本当にWin-Winなのかなぁ。隠れたLoserに負荷を押し付けてない?
魚を与えるのではなく魚を釣る技術を教えるのが青年海外協力隊、って話。で、年利10%の運用方法を教えてくれ。ムハンマドユヌスの話を見ると、サラ金賛美にしか聞こえない。無担保で貧しい人々に高利で貸すってさ。
一晩悩んでみる。答えが出るか分からんが。
あとでよむ
自己犠牲と自殺には、なんか関係があるのかなと。本文と関係なく思った。
興味深かった
良エントリ。
これを読んで違和感を覚えるとすれば、まさに今の年金制度に対してと同じ感覚だろう。収入の途絶える、つまり「貧しい」はずの高齢者を助ける賦課制度は福祉と財産再分配の方針から妥当とされてきた。でも今は危うい
自己犠牲美しくて大好きだけど自分が犠牲になるのはいや / さっさと金を送ればいいのだグズグズ言わずに・・・ピシピシ送るべし・・・!
「誰でも頑張れば素敵な人になれる」という人類平等教か?平等を否定しつつ、平等を暗黙の前提にする理論に見える。プログラム用語で言えば「車輪の再発明」
いい歳なのに「自己犠牲こそが究極」なんていうヤツは『馬鹿』なのか『罠』なのか心底疑ってかからないといけないなぁ~って思ったり。このロジックは、20歳を越えるまでには乗り越えてないと・・・
やっぱり焼け石に水と思っちゃうからかなあ。得をする人がいないのにデスマが無くならないのはデスマ体験で自己陶酔出来る人がいるからなんじゃないのかと思ったり
そりゃそーだ。何もしない僕らはビル・ゲイツに期待しましょ。
アフリカの恵まれない子供たちと一緒に机を並べて仕事をしていれば話は別だろうけれども、どうしても自分の生活範囲を見回して、相対的に割を食ってるなぁと感じつつ解決の希望を見出せないケースは多々あるのかも。