社会
「合理化反対」が総評系労働運動でごく普通のスローガンだった時代は、同時に米価逆ザヤ、我田引鉄、医師会による毎度の診療報酬引き上げ闘争が当たり前の時代でもあった。要するに自社両党やりたい放題の時代。
かたや乾いた雑巾を絞り社員が不幸になる一方で世界有数のエクセレントカンパニー。かたや顧客不在で既得権益を断固守り(結果的に)壮大な不正を生み出す不良組織。/朝日の記事、というのが時代の流れを感じさせる?
…組合の「十年史」をめくると「オンライン化反対闘争」の見出しが躍るが、組合側は「今の物差しで当時を見ないで欲しい」と主張する。
>労組が統一に反対したから「宙に浮いた記録」が出たという批判はあたらない。 / 糞過ぎて腹よじれるわ!!!!
( 年金手帳の ) 統一が進まなかったことについて「各県のたたかいにより形骸(けいがい)化」できたと評価した / どんな合理化も見逃さない点検活動
手帳の統一、相談コーナーの設置、記録のオンライン化……。社保庁の労組は、こうした取り組みにことごとく反対してきた
「どんな合理化も見逃さない点検活動」ってのもすごいフレーズだなあ。こういう理屈が通じた時代があったというのも・・・・
「合理化反対」の響きが懐かしくも新鮮
オッサン史。
<当時は国民総背番号制度に対する批判が強かった。>これは事実。故にマスコミに批判する権利は無い。「牛の焼印」とか言っていた総括をマスコミに求めたい。参考:[http://d.hatena.ne.jp/JavaBlack/20070607/p1]
「どんな合理化も見逃さない点検活動」・・・ってジョークのようだがジョークじゃない時代だったのか。
政治の方で早くに総背番号制を導入しておけばよかったのに、と思う。30年前の話を今さら…って感じではあるが。30年前の日本ってどこもそんな感じだったんじゃないの?って疑問もある。
『「合理化絶対反対」と訴える活動』って… そら年金も無くなるわ。こいつらから今からでも巻き上げることは出来ないのか??
日本は世界で最も成功した社会主義国説を地で行く「不合理の制度化」だなぁ。ただ、合理化を突き詰めすぎちゃう向きも多いだけに、ある意味無碍に否定するのもどうか、って点でid:rajendra氏のコメに考えさせられた。
誰のせいとかもう後回しでいいから、どうやって解決(かなり無理っぽいけど)するか先に考えた方がいいと思うんだけどね
かつての国鉄労組を思い起こさせますなぁ。
消えた年金の遠因?手帳の統一、相談コーナーの設置、記録のオンライン化……。社保庁の労組は、こうした取り組みにことごとく反対してきたと
これは一度労働運動の歴史のおさらいが必要ですよね。反合理化闘争とかの話もちゃんと歴史的な経緯があるはずなんだよなー。その辺調べたいんだけど検索してもなかなか…
労組を悪者にして逃げる気かねw
ついに労組にもメスが入ったか
「合理化攻撃」って単語が脳にきゅんときた。個人的に「民族浄化」以来の感触。
「合理化攻撃」というコトバのセンスに惚れた。なんで労組は合理化を嫌いますか? 「どんな合理化も見逃さない点検活動」 とかさぁ。首を切られるわけでもないだろうに。国民のために働く公僕という意識がないな。
これなんてラッダイト運動?
「サボタージュ局」ってのは、SFの話だけじゃなかったんだネ!
「合理化攻撃」という言い回しは面白いな。現代ならそういう抵抗は1周回って支持される余地もあるけど。
合理化攻撃っていう単語は面白いな。スカラー波とかDNA下しみたいな。
こりゃ面白い、良記事/70年代って、コンピュータ的なものに対する一種の偏見みたいなのがあったりしたのかな?
「合理化攻撃」ってなんなんだ。記録が宙に浮いた責任を労組に転嫁してついでに赤狩りをしようという魂胆かなと思うが、労組もCSの精神が欠落しすぎな印象だ。誰のために働いてんだこいつらは。と思ってしまう。
「今の物差しで当時を見ないで欲しい」…扶桑社の歴史教科書を連想した。
どうもJALの労使闘争(て言うんかな?)と重なって見えるなぁ。あっちは企業だからステークホルダーも限られるが、こっちの件は全国民だからねぇ・・・
記事の批判調に惑わされてはいけないけれど、時代の物差しとかそういうレベルじゃなくナンセンスなステートメントに見える。
労組を悪者にするのはまったく意味がない。見誤ってはいけない。
「オンライン化計画にも「中央集権化の支配機構を強め、独占資本のための合理化」と反発」「どんな合理化も見逃さない点検活動」
善し悪しはともかく「どんな合理化も見逃さない点検活動」というフレーズが面白い。1984のパロディみたいなのを妄想した。
選挙前の責任なすりつけ合いは醜悪だが、賞与返還積極支持のようにその時々の空気に流されるだけのあり方を改めずに「今の物差しで測るべきでない」というのはひどい。
「合理化反対」って、昔の国労みたいですな。
労組のせいにすべきことなのか。/しかし国家が雇用主体である公務員に労組が必要ないのもたしか。自治労や県職など、専従組合員が専用の会館で偉そうにしているのを見ていると、糾弾したくもなる。
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「合理化反対」が総評系労働運動でごく普通のスローガンだった時代は、同時に米価逆ザヤ、我田引鉄、医師会による毎度の診療報酬引き上げ闘争が当たり前の時代でもあった。要するに自社両党やりたい放題の時代。
かたや乾いた雑巾を絞り社員が不幸になる一方で世界有数のエクセレントカンパニー。かたや顧客不在で既得権益を断固守り(結果的に)壮大な不正を生み出す不良組織。/朝日の記事、というのが時代の流れを感じさせる?
…組合の「十年史」をめくると「オンライン化反対闘争」の見出しが躍るが、組合側は「今の物差しで当時を見ないで欲しい」と主張する。
>労組が統一に反対したから「宙に浮いた記録」が出たという批判はあたらない。 / 糞過ぎて腹よじれるわ!!!!
( 年金手帳の ) 統一が進まなかったことについて「各県のたたかいにより形骸(けいがい)化」できたと評価した / どんな合理化も見逃さない点検活動
手帳の統一、相談コーナーの設置、記録のオンライン化……。社保庁の労組は、こうした取り組みにことごとく反対してきた
「どんな合理化も見逃さない点検活動」ってのもすごいフレーズだなあ。こういう理屈が通じた時代があったというのも・・・・
「合理化反対」の響きが懐かしくも新鮮
オッサン史。
<当時は国民総背番号制度に対する批判が強かった。>これは事実。故にマスコミに批判する権利は無い。「牛の焼印」とか言っていた総括をマスコミに求めたい。参考:[http://d.hatena.ne.jp/JavaBlack/20070607/p1]
「どんな合理化も見逃さない点検活動」・・・ってジョークのようだがジョークじゃない時代だったのか。
政治の方で早くに総背番号制を導入しておけばよかったのに、と思う。30年前の話を今さら…って感じではあるが。30年前の日本ってどこもそんな感じだったんじゃないの?って疑問もある。
『「合理化絶対反対」と訴える活動』って… そら年金も無くなるわ。こいつらから今からでも巻き上げることは出来ないのか??
日本は世界で最も成功した社会主義国説を地で行く「不合理の制度化」だなぁ。ただ、合理化を突き詰めすぎちゃう向きも多いだけに、ある意味無碍に否定するのもどうか、って点でid:rajendra氏のコメに考えさせられた。
誰のせいとかもう後回しでいいから、どうやって解決(かなり無理っぽいけど)するか先に考えた方がいいと思うんだけどね
かつての国鉄労組を思い起こさせますなぁ。
消えた年金の遠因?手帳の統一、相談コーナーの設置、記録のオンライン化……。社保庁の労組は、こうした取り組みにことごとく反対してきたと
これは一度労働運動の歴史のおさらいが必要ですよね。反合理化闘争とかの話もちゃんと歴史的な経緯があるはずなんだよなー。その辺調べたいんだけど検索してもなかなか…
労組を悪者にして逃げる気かねw
ついに労組にもメスが入ったか
「合理化攻撃」って単語が脳にきゅんときた。個人的に「民族浄化」以来の感触。
「合理化攻撃」というコトバのセンスに惚れた。なんで労組は合理化を嫌いますか? 「どんな合理化も見逃さない点検活動」 とかさぁ。首を切られるわけでもないだろうに。国民のために働く公僕という意識がないな。
これなんてラッダイト運動?
「サボタージュ局」ってのは、SFの話だけじゃなかったんだネ!
「合理化攻撃」という言い回しは面白いな。現代ならそういう抵抗は1周回って支持される余地もあるけど。
合理化攻撃っていう単語は面白いな。スカラー波とかDNA下しみたいな。
こりゃ面白い、良記事/70年代って、コンピュータ的なものに対する一種の偏見みたいなのがあったりしたのかな?
「合理化攻撃」ってなんなんだ。記録が宙に浮いた責任を労組に転嫁してついでに赤狩りをしようという魂胆かなと思うが、労組もCSの精神が欠落しすぎな印象だ。誰のために働いてんだこいつらは。と思ってしまう。
「今の物差しで当時を見ないで欲しい」…扶桑社の歴史教科書を連想した。
どうもJALの労使闘争(て言うんかな?)と重なって見えるなぁ。あっちは企業だからステークホルダーも限られるが、こっちの件は全国民だからねぇ・・・
記事の批判調に惑わされてはいけないけれど、時代の物差しとかそういうレベルじゃなくナンセンスなステートメントに見える。
労組を悪者にするのはまったく意味がない。見誤ってはいけない。
「オンライン化計画にも「中央集権化の支配機構を強め、独占資本のための合理化」と反発」「どんな合理化も見逃さない点検活動」
善し悪しはともかく「どんな合理化も見逃さない点検活動」というフレーズが面白い。1984のパロディみたいなのを妄想した。
選挙前の責任なすりつけ合いは醜悪だが、賞与返還積極支持のようにその時々の空気に流されるだけのあり方を改めずに「今の物差しで測るべきでない」というのはひどい。
「合理化反対」って、昔の国労みたいですな。
労組のせいにすべきことなのか。/しかし国家が雇用主体である公務員に労組が必要ないのもたしか。自治労や県職など、専従組合員が専用の会館で偉そうにしているのを見ていると、糾弾したくもなる。