404
「スタジオで話している自分は、「わたし」というより「わたしが演じている他人」。スタジオで長い時間を過ごしている人ほど、これが上手。」
「ネット、特にblogにおいては、あなた以外の誰かに宛てられた三人称の言葉が、あなたに対する二人称と感じられる機会が多くないだろうか。」
[!GTD::資料(いつか読む)]404 Blog Not Found:「ほげ」「ふが」...がどんだけの男女を無気力にさせているのか少し考えてみた
身近な事象として共感
人を傷つける文章は書くなよな?ということ。
これはいいね。
後半、コメント欄。
人の幸せを痛いと思うのは非モテと同じで中二病のメンタリティらしい。
ダンダンの言うコトももっともだと思うケド…。あまりにも痛みが激しすぎると他の人の痛みが分からなくなっちゃったり、他人の幸せが鼻につくコトがあっても致し方ないかと思ったりも…。ムズかしいね(´・ω・)
もっともだけど、そう割り切れるもんでもない
すべて自由ってことで。でもネットのことをリアル社会に持ち出すのは勘弁な
"というわけで、ライフハック(笑)を一つ"これは実行されまくっている
「ほげ」「ふが」って何のことかと思ってしまったorz 「hoge」「huga」
「dankogaiはうつ病の人にガンバレとか言いそう」
中島義道さんでしたっけ、「人の気持ちがわかる」は「自分の気持ちをわかってほしい」の裏返しで実は究極のエゴだと言っていたのは
それはあなたに向けた言葉ではない、か。
他人の痛みが判らないのではなく、自分が痛い時は他人へ想像力が働き難いだけと思う。偉い人だってそう。すげぇアタマが良いヒトですら、大変な時は、扇動や啓蒙ですら無い酷すぎる事を言ったり書いたりしてるし。
『特にblogにおいては、あなた以外の誰かに宛てられた三人称の言葉が、あなたに対する二人称と感じられる機会が多くないだろうか。』。なるほど、そういう感覚があるものなのか。
"皇太子一家の娘の報道がどんだけの男女を無気力にさせているのか少しは考えろ"
こんなの書かなくてもよさそうだが、既存の意見を新しい角度で書くの実践てとこかね。虚脱感。
ちょっ、「みなみけ」の冒頭ネタじゃないか(笑)。
いやだなあ。この人の立ち位置でこの問題に触れると方向性決まっちゃうじゃない。↓と思ったらみんな一歩引いて見てるのね。
てっきり俺のIDを全否定されたのかと思った
hashigotan主張の内容には全く同意しないけど「○○は少しは考えろ」とblogで主張する自由は有るはず。意見が合わない人を物理的に妨害したらNGだけど
さすが。と思った。いろんな意味でも。otsuneさんにも。
なんだかんだで一番あれなのは外野(はてブ村)ではないかという気が
スルー力(笑)
blogにおいては、あなた以外の誰かに宛てられた三人称の言葉が、あなたに対する二人称と感じられる機会が多くないだろうか。→悪いことは、三人称でスルーして、良いことは、二人称で受け取ることにしようかな。
前半はそれは違うだろうと思うけど・・ 後半は興味もちました。マジレスで芸ないですけど私は子供をいじめたことはないですよ、むしろ100円玉や飴をあげるくらいです。しかしコメント欄は言いたい放題だなあ・・
「みなみけライフハック(笑)」,なんて役に立ちそうだ:-)。
最後のライフハック(笑)に撃墜された
「三時の赤の他人」を「三時のあなた」と「詐称」できるわけだ
あらやだ。ブルジョア風情が何か言うてはるわ…。
インターネットは自分に合ったものだけ食える分不味いものは新鮮なのかな…
常に通俗的であることが小飼氏の強みであり限界を決めている
web上のコミュニケーションをあなたが文字という体系でとらえているのか、はたまた発生されたものとしてとらえているのか。
うーん、あくまで予感としてだけど、hashigotanさんは人の気持ちが分かるなんて思ってないだろうし、自分の気持ちを分かってくれる人がいるとも思ってない気がする。
面白い。でもちょっと違和感があるかな。
hasigotanさんのエントリを三人称というか、非人称的な抑圧に対するものとして読み取ってあげようとする人はいないのかしら。
宛名のない手紙を自分あてと思って開封するのは健康に悪い、と。痛みの表明だけなら周りも受け入れやすいんだろうけどね。
クリリン問題。でもクリリン問題は階級の問題と置き換えれば筋は通る。つまり、はしごたんは我々の代弁者。
「これは私のコトにちまいない」という被害妄想について。 / ネットだから云々、TVだから云々てのは、どうかなあと思った。やっぱり、人によりけりだと思うが。
エントリは自分宛ではないといつも思って読んいる。あーこれ私の事なんだろうなーと思いつつも名前書いてなかったらスルーするようにしている/と書いてみたが本当にそうできてるかどうか自問自答中
『ネット、特にblogにおいては、あなた以外の誰かに宛てられた三人称の言葉が、あなたに対する二人称と感じられる機会が多くないだろうか。』
とてもわかりやすい例。ライフハック(笑)
TVは垂れ流しだから
blogだからこその面と向かっては言う事ができない、裏返しのヘルプ信号なんだと思うんだけどな~。闇の深さ故の吐き捨てずには居られない極端なツンツン状態。体験伴わない下手な言及は陳腐でしかなくなってしまう。
“「傷ついた」だけなのに「傷つけられた」と錯覚して、それに怒鳴り返すことで人を傷つけてしまう。”
blogに書かれた文章は「表現」として純粋に存在し得ないということか。どうしてもコミュニケーション色を持ってしまう。「あなたに対する二人称と感じられる機会が多」いとはそういうことなのでは。
似たもの同士が集まって村社会っぽく仲良くしてるのが人間の本能に近そう。だからインターネットって、つきあい方を考えないとつらいこともあるんじゃないかな。
例の件はおいといて。見た事に対して落ち着いて一歩下がる。熱くならないくらいの距離感。近くても、殴り合った後仲良く夕陽を見れるならそれはアリだとは思うけどね。
完
「三人称が二人称に感じる」には「クリリン」という名前がついていたような
単にまとめがしたかった(笑)としか言いようが無いな。
ネットとの付き合い方をちょっと考え直すエントリーだった。難しいバランス取りだけど、TVの話のようにいつかは慣れていくものなのだろうか・・・
あのエントリーは確かに違和感を覚えたし、弾さんが言うことはもっともだと思う
perl -MAcme::Hoge -e 'print "foo bar"'
理解できないことに対して突っ込むのはやめなさい。
「ほげ!ほげほげほげほげ、ほげほげほげ?」「ふが〜ふがふがふが!」
本当に他人の痛みの解る人間なんかいるのだろうか・・。自分の痛みを知る人ほど他人の痛みは解らなくなっていく気がする・・。 他人の本当の痛みを知る方法教えてください。http://d.hatena.ne.jp/penkun/20071108/1194520075
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コメント
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「スタジオで話している自分は、「わたし」というより「わたしが演じている他人」。スタジオで長い時間を過ごしている人ほど、これが上手。」
「ネット、特にblogにおいては、あなた以外の誰かに宛てられた三人称の言葉が、あなたに対する二人称と感じられる機会が多くないだろうか。」
[!GTD::資料(いつか読む)]404 Blog Not Found:「ほげ」「ふが」...がどんだけの男女を無気力にさせているのか少し考えてみた
身近な事象として共感
人を傷つける文章は書くなよな?ということ。
これはいいね。
後半、コメント欄。
人の幸せを痛いと思うのは非モテと同じで中二病のメンタリティらしい。
ダンダンの言うコトももっともだと思うケド…。あまりにも痛みが激しすぎると他の人の痛みが分からなくなっちゃったり、他人の幸せが鼻につくコトがあっても致し方ないかと思ったりも…。ムズかしいね(´・ω・)
もっともだけど、そう割り切れるもんでもない
すべて自由ってことで。でもネットのことをリアル社会に持ち出すのは勘弁な
"というわけで、ライフハック(笑)を一つ"これは実行されまくっている
「ほげ」「ふが」って何のことかと思ってしまったorz 「hoge」「huga」
「dankogaiはうつ病の人にガンバレとか言いそう」
中島義道さんでしたっけ、「人の気持ちがわかる」は「自分の気持ちをわかってほしい」の裏返しで実は究極のエゴだと言っていたのは
それはあなたに向けた言葉ではない、か。
他人の痛みが判らないのではなく、自分が痛い時は他人へ想像力が働き難いだけと思う。偉い人だってそう。すげぇアタマが良いヒトですら、大変な時は、扇動や啓蒙ですら無い酷すぎる事を言ったり書いたりしてるし。
『特にblogにおいては、あなた以外の誰かに宛てられた三人称の言葉が、あなたに対する二人称と感じられる機会が多くないだろうか。』。なるほど、そういう感覚があるものなのか。
"皇太子一家の娘の報道がどんだけの男女を無気力にさせているのか少しは考えろ"
こんなの書かなくてもよさそうだが、既存の意見を新しい角度で書くの実践てとこかね。虚脱感。
ちょっ、「みなみけ」の冒頭ネタじゃないか(笑)。
いやだなあ。この人の立ち位置でこの問題に触れると方向性決まっちゃうじゃない。↓と思ったらみんな一歩引いて見てるのね。
てっきり俺のIDを全否定されたのかと思った
hashigotan主張の内容には全く同意しないけど「○○は少しは考えろ」とblogで主張する自由は有るはず。意見が合わない人を物理的に妨害したらNGだけど
さすが。と思った。いろんな意味でも。otsuneさんにも。
なんだかんだで一番あれなのは外野(はてブ村)ではないかという気が
スルー力(笑)
blogにおいては、あなた以外の誰かに宛てられた三人称の言葉が、あなたに対する二人称と感じられる機会が多くないだろうか。→悪いことは、三人称でスルーして、良いことは、二人称で受け取ることにしようかな。
前半はそれは違うだろうと思うけど・・ 後半は興味もちました。マジレスで芸ないですけど私は子供をいじめたことはないですよ、むしろ100円玉や飴をあげるくらいです。しかしコメント欄は言いたい放題だなあ・・
「みなみけライフハック(笑)」,なんて役に立ちそうだ:-)。
最後のライフハック(笑)に撃墜された
「三時の赤の他人」を「三時のあなた」と「詐称」できるわけだ
あらやだ。ブルジョア風情が何か言うてはるわ…。
インターネットは自分に合ったものだけ食える分不味いものは新鮮なのかな…
常に通俗的であることが小飼氏の強みであり限界を決めている
web上のコミュニケーションをあなたが文字という体系でとらえているのか、はたまた発生されたものとしてとらえているのか。
うーん、あくまで予感としてだけど、hashigotanさんは人の気持ちが分かるなんて思ってないだろうし、自分の気持ちを分かってくれる人がいるとも思ってない気がする。
面白い。でもちょっと違和感があるかな。
hasigotanさんのエントリを三人称というか、非人称的な抑圧に対するものとして読み取ってあげようとする人はいないのかしら。
宛名のない手紙を自分あてと思って開封するのは健康に悪い、と。痛みの表明だけなら周りも受け入れやすいんだろうけどね。
クリリン問題。でもクリリン問題は階級の問題と置き換えれば筋は通る。つまり、はしごたんは我々の代弁者。
「これは私のコトにちまいない」という被害妄想について。 / ネットだから云々、TVだから云々てのは、どうかなあと思った。やっぱり、人によりけりだと思うが。
エントリは自分宛ではないといつも思って読んいる。あーこれ私の事なんだろうなーと思いつつも名前書いてなかったらスルーするようにしている/と書いてみたが本当にそうできてるかどうか自問自答中
『ネット、特にblogにおいては、あなた以外の誰かに宛てられた三人称の言葉が、あなたに対する二人称と感じられる機会が多くないだろうか。』
とてもわかりやすい例。ライフハック(笑)
TVは垂れ流しだから
blogだからこその面と向かっては言う事ができない、裏返しのヘルプ信号なんだと思うんだけどな~。闇の深さ故の吐き捨てずには居られない極端なツンツン状態。体験伴わない下手な言及は陳腐でしかなくなってしまう。
“「傷ついた」だけなのに「傷つけられた」と錯覚して、それに怒鳴り返すことで人を傷つけてしまう。”
blogに書かれた文章は「表現」として純粋に存在し得ないということか。どうしてもコミュニケーション色を持ってしまう。「あなたに対する二人称と感じられる機会が多」いとはそういうことなのでは。
似たもの同士が集まって村社会っぽく仲良くしてるのが人間の本能に近そう。だからインターネットって、つきあい方を考えないとつらいこともあるんじゃないかな。
例の件はおいといて。見た事に対して落ち着いて一歩下がる。熱くならないくらいの距離感。近くても、殴り合った後仲良く夕陽を見れるならそれはアリだとは思うけどね。
完
「三人称が二人称に感じる」には「クリリン」という名前がついていたような
単にまとめがしたかった(笑)としか言いようが無いな。
ネットとの付き合い方をちょっと考え直すエントリーだった。難しいバランス取りだけど、TVの話のようにいつかは慣れていくものなのだろうか・・・
あのエントリーは確かに違和感を覚えたし、弾さんが言うことはもっともだと思う
perl -MAcme::Hoge -e 'print "foo bar"'
理解できないことに対して突っ込むのはやめなさい。
「ほげ!ほげほげほげほげ、ほげほげほげ?」「ふが〜ふがふがふが!」
本当に他人の痛みの解る人間なんかいるのだろうか・・。自分の痛みを知る人ほど他人の痛みは解らなくなっていく気がする・・。 他人の本当の痛みを知る方法教えてください。http://d.hatena.ne.jp/penkun/20071108/1194520075