Politics
コメント欄に何故か長岡鉄男さんの名前が出てきて吹いた。スワンを自作してたのか…/ちなみに長岡鉄男さんはこんな方→http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%95%B7%E5%B2%A1%E9%89%84%E7%94%B7
「あっち側」へ引っ張られていくその瞬間、実演編。
小泉と大して違いがないあの糞演説に、嫌悪感しか沸かない自分。しかしそういうのを絶賛されてしまう現状に、嫌な恐怖感を感じてしまう・・・上手いことは認めけど、こういうのにきちんと反論できないとヤバイ気が
後で読む
「普通の人々」はヒトラーが大好き。
「おっさんが熱く語るのは、本当はかっこいい」今川泰宏に学ぶスピーチとかどうか
北村弁護士の応援演説で「マスコミ」を共通の敵に仕立て上げていた件について解説//面白さのためなら自分の頭を撃つことだって厭わないような、少し前のマスメディアが持っていた混沌//を失ったマスメディア
ドラマで人を動かすには。現在のトレンド。
[]
コメント欄「「手段が目的に変わること、過程を楽しむこと、これを文化といい趣味という」長岡さんの名言」←オーディオ評論家らしい
正義を標榜し始めたマスコミが失ったもの/「弁」護士が弁舌が巧みな事ってそんなに凄いことなのかな。
エントリの内容とは裏腹に、なんか最近ちょっと説教臭くなってきてません?
あれ熱くて見ごたえのある演説だったけど、幼稚で喧しいとも思った 青春パンクみたいな これからどう洗練されるのかにも興味あるhttp://www.youtube.com/watch?v=XJsC28KxpwY
だめだ、萩本欽一、テリー伊藤、土屋敏男、「元気が出るテレビ」、どれ一つ面白いと感じない。だからこのエントリに共感できないんだろうか
今回の北村弁護士演説は、支持するしないを問わず、少なくとも「面白い」。マスメディアに余裕があった頃なら、あれだけ面白い「絵」が撮れる機会があれば、絶対に放置しなかったはず。
北村弁護士の演説はなぜ力があったか。
later
内容はともあれ、あの演説はとても説得力があった。良い演説法を見たような気がした。
この高度計の学生って誰だったっけ?
「わたしは思う」と自分に責任を持ってくると、追求されたときにがっぷり四つで組めるから、めんどくさい他の要素を考慮しなきゃならない責任回避口調よりも便利だとおもってる。
北村弁護士の演説、あとで見よう。
マスメディアっていうよりテレビだよね、面白ければいいで何でも飲み込むっての。そこに信頼があったというのは確かにそうかもなあ
なるほど。
TVの煽動力が何故に落ちてきたのかというお話。まぁでも、どんな媒体であれ煽動には冷静にね、みたいなスタンスも必要か。
なりふぉろ、北村が攻撃するマスメディアの用いてきた手段を北村自身が使ってるわけだ。あはは、なんたるウロボロス!
自民党総裁選 北村弁護士応援演説
確かにメディアを敵と設定している。これは重要。
いい分析。昔のマスコミはカオスだったので何でも取り込んだけど、今のマスコミには余裕がないので「敵」たりうる。
「マスメディアに余裕があった頃なら、あれだけ面白い「絵」が撮れる機会があれば、 絶対に放置しなかったはず」 今のところ完全に黙殺傾向だな。許認可業精神どっぷりになっちゃったのねえ。
「テレビはいつのまにか「下品さ」を受容できなくなって、みんなの「共通の敵」としての存在感と、不自由さとを併せ持つようになってしまった」
『とにかく面白ければ何でも飲み込んで放映してしまう、もっと混沌としたものであった。』
悪であるという立場や不都合なことをまず引き受け、それらを所与のものとして行動するなら、そこから違った自由が立ち現れるのだろう。正しさに依拠したがるからこその不自由。
TVには余裕がない
>手段が目的に転化するとき
なるほど、うまいこと説明するなー。
北村弁護士の麻生応援演説の解説とTVの変質について。
生声での煽りに慣れてない人が多いと思うから、こういうのを読んでちょっと落ち着いて考える事も大事だと思う。
ぜぜぜ全面的に同意っっっ!! / ちなみに俺、北村演説はまだ見てないw
『「知識があるかないか」という評価は、こんなふうに問題を定義されないと 決定できなくて、観測する人の立ち位置はみんな異なるから、知識の量というのは本来、 相対的にしか決定できない。』
おもしろい|ブラバッキーとかそういう人の扇動のやり方はなかなか好き。
もっと詳しい人、技術解説希望…
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コメント
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コメント欄に何故か長岡鉄男さんの名前が出てきて吹いた。スワンを自作してたのか…/ちなみに長岡鉄男さんはこんな方→http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%95%B7%E5%B2%A1%E9%89%84%E7%94%B7
「あっち側」へ引っ張られていくその瞬間、実演編。
小泉と大して違いがないあの糞演説に、嫌悪感しか沸かない自分。しかしそういうのを絶賛されてしまう現状に、嫌な恐怖感を感じてしまう・・・上手いことは認めけど、こういうのにきちんと反論できないとヤバイ気が
後で読む
「普通の人々」はヒトラーが大好き。
「おっさんが熱く語るのは、本当はかっこいい」今川泰宏に学ぶスピーチとかどうか
北村弁護士の応援演説で「マスコミ」を共通の敵に仕立て上げていた件について解説//面白さのためなら自分の頭を撃つことだって厭わないような、少し前のマスメディアが持っていた混沌//を失ったマスメディア
ドラマで人を動かすには。現在のトレンド。
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コメント欄「「手段が目的に変わること、過程を楽しむこと、これを文化といい趣味という」長岡さんの名言」←オーディオ評論家らしい
正義を標榜し始めたマスコミが失ったもの/「弁」護士が弁舌が巧みな事ってそんなに凄いことなのかな。
エントリの内容とは裏腹に、なんか最近ちょっと説教臭くなってきてません?
あれ熱くて見ごたえのある演説だったけど、幼稚で喧しいとも思った 青春パンクみたいな これからどう洗練されるのかにも興味あるhttp://www.youtube.com/watch?v=XJsC28KxpwY
だめだ、萩本欽一、テリー伊藤、土屋敏男、「元気が出るテレビ」、どれ一つ面白いと感じない。だからこのエントリに共感できないんだろうか
今回の北村弁護士演説は、支持するしないを問わず、少なくとも「面白い」。マスメディアに余裕があった頃なら、あれだけ面白い「絵」が撮れる機会があれば、絶対に放置しなかったはず。
北村弁護士の演説はなぜ力があったか。
later
内容はともあれ、あの演説はとても説得力があった。良い演説法を見たような気がした。
この高度計の学生って誰だったっけ?
「わたしは思う」と自分に責任を持ってくると、追求されたときにがっぷり四つで組めるから、めんどくさい他の要素を考慮しなきゃならない責任回避口調よりも便利だとおもってる。
北村弁護士の演説、あとで見よう。
マスメディアっていうよりテレビだよね、面白ければいいで何でも飲み込むっての。そこに信頼があったというのは確かにそうかもなあ
なるほど。
TVの煽動力が何故に落ちてきたのかというお話。まぁでも、どんな媒体であれ煽動には冷静にね、みたいなスタンスも必要か。
なりふぉろ、北村が攻撃するマスメディアの用いてきた手段を北村自身が使ってるわけだ。あはは、なんたるウロボロス!
自民党総裁選 北村弁護士応援演説
確かにメディアを敵と設定している。これは重要。
いい分析。昔のマスコミはカオスだったので何でも取り込んだけど、今のマスコミには余裕がないので「敵」たりうる。
「マスメディアに余裕があった頃なら、あれだけ面白い「絵」が撮れる機会があれば、 絶対に放置しなかったはず」 今のところ完全に黙殺傾向だな。許認可業精神どっぷりになっちゃったのねえ。
「テレビはいつのまにか「下品さ」を受容できなくなって、みんなの「共通の敵」としての存在感と、不自由さとを併せ持つようになってしまった」
『とにかく面白ければ何でも飲み込んで放映してしまう、もっと混沌としたものであった。』
悪であるという立場や不都合なことをまず引き受け、それらを所与のものとして行動するなら、そこから違った自由が立ち現れるのだろう。正しさに依拠したがるからこその不自由。
TVには余裕がない
>手段が目的に転化するとき
なるほど、うまいこと説明するなー。
北村弁護士の麻生応援演説の解説とTVの変質について。
生声での煽りに慣れてない人が多いと思うから、こういうのを読んでちょっと落ち着いて考える事も大事だと思う。
ぜぜぜ全面的に同意っっっ!! / ちなみに俺、北村演説はまだ見てないw
『「知識があるかないか」という評価は、こんなふうに問題を定義されないと 決定できなくて、観測する人の立ち位置はみんな異なるから、知識の量というのは本来、 相対的にしか決定できない。』
おもしろい|ブラバッキーとかそういう人の扇動のやり方はなかなか好き。
もっと詳しい人、技術解説希望…