えーっと、例外的にFTTHさんの質問に本文で回答してみました。というかセルクマも初めてだなあ・・・。
っつうかさ、ジャンルが「ライトノベル」なんだから、「渾身の一撃」は原理的に/語義的にありえなくね? 「渾身の一撃」が読みたいならなんで「ライトノベル」読んでんの? ねえ何で?(AA略)
どっかで花井愛子も言ってたけどものすごい人気作家じゃない限り、職人のように定期的に書かないと小説だけで生活できるレベルにはならないので、サラリーマン的に仕事をするというのもまた正しい姿かと思います
商業作家の話。出版社との兼ね合いについて皆川ゆかが運タロか真タロで語っていたのを掘り出した。ついでに津原やすみも引用。
"根拠はありません。""ただの印象です。"
新木さんあたりが嬉々として反論にかかるようなネタだなあ。
どの作品も常に人生と魂を賭けているらしい米田淳一先生の作品をどうぞ
はて、作品から読み取れる作者の意図に思いをはせることと、作者のモチベーションを読み取ることは違うんじゃないかな。前者は(ちゃんと読解すれば)事実、後者は(読解しようがないので)想像。
何で具体例が無いの
ライトノベルは発刊点数が多いから駄作が目に付くだけ。(純)文学の駄作っぷりはラノベを超える。安定して読みたいなら時代物とかの方がいいよ。そのかわりワンパだけどね
「やりたい」と「大人の事情」のバランスをとれる作家が職業的エンターテイナー。そもそも読み手に「仕事で書いたんだ」と思わせるようなラノベは失敗作だと思うけど・・・(まぁ仕事なんだけど)。
「真逆」という言葉についひっかかってしまう
渾身の一撃ってどういう小説のことだろう?
気がつくとポイントが付かない買い物が出来なくなっているという囲い込み(電気屋)と、気がつくとアニメ絵漫画絵がついていない小説買いが出来なくなっているという囲い込み(ライトノベル)
ほんまかいな>「文学にはそういう作品が多い」 でも逆にそこが鼻につきすぎるせいかも分からんね。全ての創作物は作者の自慰行為に過ぎないとは思うけど、文学の場合そうであり過ぎるのかもしれない。知らんけど。
ラノベ作家に渾身の一作を書いて貰う銀の弾丸は、渾身の一作だと思えない作品以外を購入しない事です。
ラノベ作家の渾身の一撃は計算し尽くされ狙い澄まされたアッパーカット、純文学作家が放つ渾身の一撃は本能に任せた強烈なストレート。…という認識はおおざっぱすぎるだろうか。
疑問。例えば文学にはそういう作品が多いのに、どうしてライトノベル読みは文学に手を出さないのか?
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えーっと、例外的にFTTHさんの質問に本文で回答してみました。というかセルクマも初めてだなあ・・・。
っつうかさ、ジャンルが「ライトノベル」なんだから、「渾身の一撃」は原理的に/語義的にありえなくね? 「渾身の一撃」が読みたいならなんで「ライトノベル」読んでんの? ねえ何で?(AA略)
どっかで花井愛子も言ってたけどものすごい人気作家じゃない限り、職人のように定期的に書かないと小説だけで生活できるレベルにはならないので、サラリーマン的に仕事をするというのもまた正しい姿かと思います
商業作家の話。出版社との兼ね合いについて皆川ゆかが運タロか真タロで語っていたのを掘り出した。ついでに津原やすみも引用。
"根拠はありません。""ただの印象です。"
新木さんあたりが嬉々として反論にかかるようなネタだなあ。
どの作品も常に人生と魂を賭けているらしい米田淳一先生の作品をどうぞ
はて、作品から読み取れる作者の意図に思いをはせることと、作者のモチベーションを読み取ることは違うんじゃないかな。前者は(ちゃんと読解すれば)事実、後者は(読解しようがないので)想像。
何で具体例が無いの
ライトノベルは発刊点数が多いから駄作が目に付くだけ。(純)文学の駄作っぷりはラノベを超える。安定して読みたいなら時代物とかの方がいいよ。そのかわりワンパだけどね
「やりたい」と「大人の事情」のバランスをとれる作家が職業的エンターテイナー。そもそも読み手に「仕事で書いたんだ」と思わせるようなラノベは失敗作だと思うけど・・・(まぁ仕事なんだけど)。
「真逆」という言葉についひっかかってしまう
渾身の一撃ってどういう小説のことだろう?
気がつくとポイントが付かない買い物が出来なくなっているという囲い込み(電気屋)と、気がつくとアニメ絵漫画絵がついていない小説買いが出来なくなっているという囲い込み(ライトノベル)
ほんまかいな>「文学にはそういう作品が多い」 でも逆にそこが鼻につきすぎるせいかも分からんね。全ての創作物は作者の自慰行為に過ぎないとは思うけど、文学の場合そうであり過ぎるのかもしれない。知らんけど。
ラノベ作家に渾身の一作を書いて貰う銀の弾丸は、渾身の一作だと思えない作品以外を購入しない事です。
ラノベ作家の渾身の一撃は計算し尽くされ狙い澄まされたアッパーカット、純文学作家が放つ渾身の一撃は本能に任せた強烈なストレート。…という認識はおおざっぱすぎるだろうか。
疑問。例えば文学にはそういう作品が多いのに、どうしてライトノベル読みは文学に手を出さないのか?