「死ぬこともある」って説明を自分から拒否するのは自己選択権の放棄に他ならないので、結果についての責任を問えなくなるのだが・・・この記者はわかってるのかなぁ?
医者の説明がどうしても納得いかなかったので関連論文を取り寄せて読んだところ結局納得せざるを得なかった、という経験があるがみんながみんなそこまでやる必要があるとも思えない。
本人に告げるどうかは別として家族は聞いていた方が良いだろう、いや説明を聞く義務がある。
同感。同意書を読むときに辛いので言われると嫌なのはわかるけど。結局医者を訴えないのであれば,もっと希望面だけを医者は言えるんだけどね。
この話に関連してる気がする http://medt00lz.s59.xrea.com/wp/archives/94
そもそも「生き続ける」こと自体が例外的な状態と認識した方が自然だと思ふわけで。ほら、昔は「生きることは罪」とか「土に還る」とかいってたわけで。
医療に付随する、説明があっても不安、説明がなくても不安。患者ごとに、「どういった説明を望むか」事前聞き取りとか必要なのかな。難しい。
ジャーナリズムとは「問題提起をするまで」のことを言うのだろうか?NHKのこの記者は内容もさることながら文章書きとしてもダメだ。 「死ぬこともある」というのも説明だ。
坂本真理…恐ろしい子!! / でもまぁ「安全神話」を医師が作ったかのように書いている時点で同類だけどなー。別に医師にいわせなくたって、統計資料持ち出してそういうもんだと記者が説明すれば済むことで。
そんなとこまで医療は進歩してるのな
最悪の事態を想定すると伝えておいて欲しい。死を覚悟していないと、その時その後、遺族(きっと本人も)は後悔すると思う。
もうさ、罵倒される慰謝料を最初から医療費に含めればいいよ。/そして医者が減っていってみんな不幸になればいい。
こういう問題を医療だけでどうこうしようとしても無理/教育およびマスコミ、また宗教などの協力が必要な問題/しかし現状で協力はない
人間は死ぬんですよ。
やはり事実を提供するのが最善かと。死ぬ可能性という事実。
“医療が不確実であることを十分理解した上で、公平な報道を行っていれば、医師が自ら「医療は不確実だ」と公言する必要などなかったのではないか”
お産で死ぬことも結構あることくらい知らなかったのか椿直人氏は?なんだこの呆然さは…
教育や医療においてはパターナリズムが常に問題となる。
お産で『死ぬことがある』のは最近では常識でなくなっていたのだ。
「死ぬ可能性」について触れておいてくれた方が、本当に死んでしまったときの喪失のダメージを緩和できる気がする。死への心構えができるというか。予期していなかった死はのちのちスゲー引きずるから。
難しい問題。説明がデフォになると「説明したから免責されるとでも思っているのか」って言い出す人が出てきそうだし。まあ今でもいるんだろうけどね。
石田は説明すべきと考える。死ぬはずが無いと思ってるとしたらそれは間違いであるはずだ。
ウチはお子が川崎病やってるんですが「この治療でこうなる確率は何割」という説明をされましたね…私は医師から聞いたことをすべてノートに記録してました。
俺だったら言ってほしいな。ネガティヴな予想なら,当たっても心の準備はできてるだろうし,外れりゃ万々歳だから。むしろ,時間を有意義に使う為にも是非言って欲しい。
医療ジャーナリストでさえ患者家族の立場になると不安にとらわれると考えるか、医療ジャーナリストの「くせに」と考えるか。情報を開示して責任を明らかにするシステムが、患者に納得も与えるとは限らない。難しい。
「治療・処置をすれば確実に治る」は「神話」じゃなくてただの「妄想」だと思うけどね。一体誰が広めているの?
「この措置によって死ぬこともありますが、その説明は必要ですか?」というインフォームドコンセントを義務化するとかどうだろう
不確実性を受容するような精神修養は、やはり宗教が担うべきことだろう。医者は坊主と違います。
ボクも、株屋で「「さがることもある」なんて聞きたくない」とか言ってみたい。で、下がったら、「聞いてない」とゴネるの。
『医療現場の取材を行い、医師会に勉強会に招かれたこともある「ジャーナリスト」ですら、医師向けの雑誌に「死ぬこともある」とは言ってほしくなかったと書く』『ジャーナリストの目線ではなく、完全に家族の目線』
これが本人への癌の告知や余命どのくらいかを知らせるのかどうか。知らせる場合はどうやって伝えるのが適切なのかについてなら、ある程度リソースがさかれているしノウハウもあるような。
あと100年以内にあなたは必ず死にます。でいいんじゃないかな。
教育が不確実なのは家庭で十分分かるからなぁ。科学でもそうだけど、専門ジャーナリストってのは専門家同様、金と時間をかけないと育成できないよな。
「死ぬこともある」
受験のためじゃない学校の職員は愚痴っても問題ではないということか
モノは言いよう、というか、患者側の心理を考えた説明の仕方の工夫とかはないのかなぁ/以前書かれてた検査を拒否してた患者さんも、実は突然要検査と言われて怖がってただけじゃないかと思うんだけどね
甘ったれの椿記者を蹴飛ばしてやりたい/坂本記者は偉い
安全であると勝手に思い込み、いざ期待はずれの結果になると糾弾する家族。なんか小女子連想した。なぜだ。
"「安全神話」は作った医師たちの手で壊すべきだ"……これを素面で書ける「ジャーナリスト」がいるのか……
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「死ぬこともある」って説明を自分から拒否するのは自己選択権の放棄に他ならないので、結果についての責任を問えなくなるのだが・・・この記者はわかってるのかなぁ?
医者の説明がどうしても納得いかなかったので関連論文を取り寄せて読んだところ結局納得せざるを得なかった、という経験があるがみんながみんなそこまでやる必要があるとも思えない。
本人に告げるどうかは別として家族は聞いていた方が良いだろう、いや説明を聞く義務がある。
同感。同意書を読むときに辛いので言われると嫌なのはわかるけど。結局医者を訴えないのであれば,もっと希望面だけを医者は言えるんだけどね。
この話に関連してる気がする http://medt00lz.s59.xrea.com/wp/archives/94
そもそも「生き続ける」こと自体が例外的な状態と認識した方が自然だと思ふわけで。ほら、昔は「生きることは罪」とか「土に還る」とかいってたわけで。
医療に付随する、説明があっても不安、説明がなくても不安。患者ごとに、「どういった説明を望むか」事前聞き取りとか必要なのかな。難しい。
ジャーナリズムとは「問題提起をするまで」のことを言うのだろうか?NHKのこの記者は内容もさることながら文章書きとしてもダメだ。 「死ぬこともある」というのも説明だ。
坂本真理…恐ろしい子!! / でもまぁ「安全神話」を医師が作ったかのように書いている時点で同類だけどなー。別に医師にいわせなくたって、統計資料持ち出してそういうもんだと記者が説明すれば済むことで。
そんなとこまで医療は進歩してるのな
最悪の事態を想定すると伝えておいて欲しい。死を覚悟していないと、その時その後、遺族(きっと本人も)は後悔すると思う。
もうさ、罵倒される慰謝料を最初から医療費に含めればいいよ。/そして医者が減っていってみんな不幸になればいい。
こういう問題を医療だけでどうこうしようとしても無理/教育およびマスコミ、また宗教などの協力が必要な問題/しかし現状で協力はない
人間は死ぬんですよ。
やはり事実を提供するのが最善かと。死ぬ可能性という事実。
“医療が不確実であることを十分理解した上で、公平な報道を行っていれば、医師が自ら「医療は不確実だ」と公言する必要などなかったのではないか”
お産で死ぬことも結構あることくらい知らなかったのか椿直人氏は?なんだこの呆然さは…
教育や医療においてはパターナリズムが常に問題となる。
お産で『死ぬことがある』のは最近では常識でなくなっていたのだ。
「死ぬ可能性」について触れておいてくれた方が、本当に死んでしまったときの喪失のダメージを緩和できる気がする。死への心構えができるというか。予期していなかった死はのちのちスゲー引きずるから。
難しい問題。説明がデフォになると「説明したから免責されるとでも思っているのか」って言い出す人が出てきそうだし。まあ今でもいるんだろうけどね。
石田は説明すべきと考える。死ぬはずが無いと思ってるとしたらそれは間違いであるはずだ。
ウチはお子が川崎病やってるんですが「この治療でこうなる確率は何割」という説明をされましたね…私は医師から聞いたことをすべてノートに記録してました。
俺だったら言ってほしいな。ネガティヴな予想なら,当たっても心の準備はできてるだろうし,外れりゃ万々歳だから。むしろ,時間を有意義に使う為にも是非言って欲しい。
医療ジャーナリストでさえ患者家族の立場になると不安にとらわれると考えるか、医療ジャーナリストの「くせに」と考えるか。情報を開示して責任を明らかにするシステムが、患者に納得も与えるとは限らない。難しい。
「治療・処置をすれば確実に治る」は「神話」じゃなくてただの「妄想」だと思うけどね。一体誰が広めているの?
「この措置によって死ぬこともありますが、その説明は必要ですか?」というインフォームドコンセントを義務化するとかどうだろう
不確実性を受容するような精神修養は、やはり宗教が担うべきことだろう。医者は坊主と違います。
ボクも、株屋で「「さがることもある」なんて聞きたくない」とか言ってみたい。で、下がったら、「聞いてない」とゴネるの。
『医療現場の取材を行い、医師会に勉強会に招かれたこともある「ジャーナリスト」ですら、医師向けの雑誌に「死ぬこともある」とは言ってほしくなかったと書く』『ジャーナリストの目線ではなく、完全に家族の目線』
これが本人への癌の告知や余命どのくらいかを知らせるのかどうか。知らせる場合はどうやって伝えるのが適切なのかについてなら、ある程度リソースがさかれているしノウハウもあるような。
あと100年以内にあなたは必ず死にます。でいいんじゃないかな。
教育が不確実なのは家庭で十分分かるからなぁ。科学でもそうだけど、専門ジャーナリストってのは専門家同様、金と時間をかけないと育成できないよな。
「死ぬこともある」
受験のためじゃない学校の職員は愚痴っても問題ではないということか
モノは言いよう、というか、患者側の心理を考えた説明の仕方の工夫とかはないのかなぁ/以前書かれてた検査を拒否してた患者さんも、実は突然要検査と言われて怖がってただけじゃないかと思うんだけどね
甘ったれの椿記者を蹴飛ばしてやりたい/坂本記者は偉い
安全であると勝手に思い込み、いざ期待はずれの結果になると糾弾する家族。なんか小女子連想した。なぜだ。
"「安全神話」は作った医師たちの手で壊すべきだ"……これを素面で書ける「ジャーナリスト」がいるのか……